グラディエーター ホアキン フェニックス。 グラディエーター ジョーカー演じるホアキン・フェニックスの悪役の礎!(NETFLIXあり)

ホアキン・フェニックスの映画作品

グラディエーター ホアキン フェニックス

かつてはリーフ・フェニックス( Leaf Phoenix)の芸名で活動していた。 役者一家として知られるフェニックス家の次男で、早世した映画俳優は兄、女優は姉、女優は妹にあたる。 また妹がの実弟であると結婚した事から、アフレック家とも一族関係にある。 『』への出演から子役としての経歴を積み始める。 26歳の時に出演した『』でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされ、若手の個性派俳優として注目を受けた。 その後も『』『』などの話題作に出演を続け、2006年に『』でとを受賞、俳優としての名声を確立した。 2008年10月27日には歌手への転向を宣言してアメリカの映画界を騒然とさせたが 、後にモキュメンタリー作品の為の芝居であった事が公表された。 2012年、復帰作となる『』で主役のフレディ・クィエル役を演じ、をと共同受賞した。 生い立ち [ ] のにて生まれる。 父ジョン・リー・ボトムは出身 の で、その後宗教団体「 Chidren of God 」の宣教師になっていた。 ボトム家はイングランド系、ドイツ系、フランス系の祖先を持っている。 母アイリン・シャローンはブロンクス出身の東欧系(との)で、同じく宣教師として活動していた。 1969年、両親は結婚時に「」に入信し、熱心な信徒として活動した。 ホアキンがという土地で生まれたのも同団体のコミュニティが南米に形成されていたからで、特に祖先の出自などとは関係ない。 後に兄のは幼少時に目撃した同団体の腐敗と異常性を告発しているが、1978年に両親も信仰心を失って団体を離脱した。 一家は新しい生活の為にフェニックスという名字に改名してアメリカに戻り、まだ4歳だったホアキンは生まれ故郷から引き離されている。 俳優一家として [ ] アメリカから戻った一家だったが、生活基盤を失った状態では貧困に苦しむより他になかった。 両親は共働きで生活費を工面しようとしたが5人兄妹を育てるのは苦しく、兄妹も街頭に出て歌や演奏を行って金銭を恵んで貰う日々を送った。 そんな折に兄妹の一人が子役を探していたスタジオの社員からエキストラとして雇われ、CMに出演する機会を得た。 これを契機に兄妹はそれぞれ子役から芸能界への道を進むが、ホアキンは子役に進む兄弟達と距離を置いて父と南米を回る旅に出ており、この経験から現在でもを流暢に話す事ができる。 キャリア [ ] 1982年、自らも俳優の道に進む決意を固め、兄が出演していたテレビシリーズで初演を果たしている。 当初は リーフ・フェニックスという名義で活動していたが、15歳の時から本名と組み合わせた ホアキン・フェニックスを使用するようになった。 映画出演は1986年の『スペースキャンプ』で、翌年には『』で初主演を務めている。 1980年代後半から1990年代後半にかけ、映画やテレビで子役として出演を重ねていった。 1993年に兄との所有するナイトクラブを訪れたが、そこで兄が麻薬の大量服用で死亡する事件が起きる。 事件現場にも居合わせていたホアキンが平静さを失って救急隊員に電話している通話記録が繰り返しテレビで放映され、マスコミの過剰な取材攻勢に嫌気が差して一時的に映画界から距離を置いた。 翌年に友人の薦めで俳優に復帰し 、監督の『』(1995年)や監督の『』(1997年)などで憂鬱な雰囲気を持った青年を演じた。 また『』(1997年)では再び主演を務めた。 スターへ [ ] 2000年公開の『』で 、監督から主役の宿敵であるローマ皇帝役に抜擢され、主演のに一歩も引かない演技を見せた。 同作でやなど名立たる映画賞の助演男優賞にノミネートされ、個性派俳優としての知名度を確立した。 その後も『』(2002年)、『』(2004年)、『』(2004年)などの話題作に出演を続ける. またその間には『』(2003年)で声優にも挑戦している。 そして『』(2006年)で歌手のを、劇中歌も自ら担当して演じきり、とを同時受賞し、二度目のアカデミー賞ノミネートを受けた。 同年、からアカデミー会員に推挙された。 突然の歌手転向 [ ] 2008年10月、のチャリティーイベントに出席した際、俳優業を引退してミュージシャンの道を進むと発言。 当初はゴールデングローブ獲得に繋がったとの関連が噂されたが、ジャンルがであった事から一層に世間の話題を集める事になった。 歌手転向の動機については「俳優活動は疲れた」という趣旨の発言を行った。 義弟が撮影しているドキュメンタリー映画の為の演技ではないかとする説も囁かれたが、本人は一貫して否定した。 2009年3月13日に多くの噂が飛び交う中でラッパーとして最初のコンサートを開催、以前からは想像できない髭だらけの風貌で即興のラップを披露した。 しかし途中で野次馬の罵声に激怒してステージをおり、観客につかみ掛かる騒動となった。 2010年9月8日、ドキュメンタリー映画の主演として監督のケイシー・アフレックとベネチア国際映画祭に出席する。 映画祭でアフレックは作品の真偽について曖昧な返答を行っていたが、帰国後の9月17日にで作品がであり、歌手転向も演出であったと語った。 俳優復帰を受けて監督の『』への出演など、複数のオファーや憶測が飛び交った。 復帰 [ ] 2011年、監督の次回作『』への出演を発表、翌年に公開された。 が題材の同作で戦争後遺症に苦しむを演じ、2012年に三大国際映画祭の一つであるで(ヴォルピ杯)を授与された。 2013年、とにされた。 映画界への完全なカムバックを果たし、同年には『』『』『』に続いて四回目となる監督とのタッグで制作された映画『』がで上映された。 両作品ではそれぞれ2013年・2014年の主演男優賞にされた。 2017年、監督の『』に出演し、過去にトラウマを持つ元軍人の冷酷な殺し屋を演じた。 本作の演技でのを受賞した。 2019年、監督の『』において、を演じ、でドラマ映画部門の、でを受賞した。 エピソード [ ] 2016年から、『』で共演したと交際している。 兄同様、厳格なベジタリアン()で 、撮影にどうしても必要だと納得しない限り、毛皮や皮も身につけないという。 また、をサポートする など、環境問題などのチャリティにも積極的に関わっている。 を描いたの映画『』()に、、、らと出演している。 自分の出演した映画は見ないと語っている。 での演技が話題を集めたが、元々変わり者としての部分はあったことも真実味を増す理由となった。 菜食主義の一方でアルコール中毒を患っており、2005年には病院で中毒克服の治療を受けている. 2006年に運転中に横転事故を起こして、たまたま通りかかった映画監督のに助けられている。 この時、車からはガソリンが漏れるなどかなり危険な状態にあったが、ホアキンは車中で煙草を吸おうとした。 ホアキンが動転していると思ったヴェルナーは「落ち着け(Just relax)」と叫んでライターを奪ったが、ホアキンは平然と「ええ、落ち着いてますよ(I'm fine. I am relaxed. )」と答えたという。 2013年、『』でアカデミー賞主演男優賞ノミネートが確実視された際、賞レースを嫌うホアキンは「アカデミー賞なんかただの出鱈目(bullshit)だよ」と発言して話題になった。 賞を否定する発言にも関わらず、は同年の主演男優賞にホアキンをノミネートした。 役者だけでなく、の監督やテレビ番組の企画編集など多様な活動をしている。 復帰作となった『』への出演は、共演したの推薦によるもの。 『』で役を演じたは、同役を『』における帝に影響を受けながら演じたと述べている。 Contemporary theatre, film, and television, Gale Research Co. , 2002, p. 213• 2008年11月4日閲覧。 2008年11月4日閲覧。 Cieply, Michael 2010年9月16日. The New York Times. Waxman, Sharon 2012年9月8日. The Wrap. 2012年9月9日閲覧。 Contemporary theatre, film, and television, Gale Research Co. , 2002 , p. 213,• Naomi Pfefferman 2002年4月12日. Jewish Journal. 2007年9月1日閲覧。 Roberta and David Ritz October1995. Us Magazine. 2007年9月1日閲覧。 Mary Rourke 2008年. LA Times. 2008年4月14日時点のよりアーカイブ。 2008年4月11日閲覧。 Paul Fischer 2000年. Dark Horizons. 2007年8月22日閲覧。 [ ]• John Clark 2007年9月6日. Variety Magazine. 2007年9月7日閲覧。 - (英語)• (2006年7月6日時点の)• シネマトゥデイ. 2008年10月30日閲覧。 Mohr, Ian 2017年1月10日. 2017年4月23日閲覧。 Guglielmi, Jody 2017年5月29日. ' '. 2017年5月29日閲覧。 Look To The Stars. 2007年8月22日閲覧。 Amnesty International. 2007年8月22日閲覧。 Serena Kappes 2004 -September 29. People Magazine. 2007年8月25日閲覧。 CBS News. 2005年4月13日. 2009年1月2日閲覧。 GQマガジン 2012年. 2014年8月20日閲覧。 シネマトゥデイ 2017年5月29日. 2018年3月23日閲覧。 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 - (英語)• 英国 , 外国 1952• 英国 , 外国 1953• 英国 , 外国 1954• 英国 , 外国 1955• 英国 , 外国 1956• 英国 , 外国 1957• 英国 , 外国 1958• 英国 , 外国 1959• 英国 , 外国 1960• 英国 , 外国 1961• 英国 , 外国 1962• 英国 , 外国 1963• 英国 , 外国 1964• 英国 , 外国 1965• 英国 , 外国 1966• 英国 , 外国 1967 1968-現在• 1968• 1969• 1970• 1971• 1972• 1973• 1974• 1975• 1976• 1977• 1978• 1979• 1980• 1981• 1982• 1983• 1984• 1985• 1986• 1987• 1988• 1989• 1990• 1991• 1992• 1993• 1994• 1995• 1996• 1997• 1998• 1999• 2000• 2001• 2002• 2003• 2004• 2005• 2006• 2007• 2008• 2009• 2010• 2011• 2012• 2013• 2014• 2015• 2016• 2017• 2018• 2019.

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イイ男セレクション:ホアキン・フェニックス

グラディエーター ホアキン フェニックス

引用元:Wikipedia• 本名:ホアキン・ラファエル・フェニックス(Joaquin Rafael Phoenix)• 別名義:リーフ・フェニックス(旧芸名)• ホアキン・ラファエル・ボトム(旧姓)• 生年月日:1974年10月28日(44歳)• 出生地:プエルトリコの旗 プエルトリコ サンフアン• 国籍: アメリカ合衆国• 活動期間:1982年 —• 活動内容:役者・歌手 何を隠そう兄はあのリバーフェニックスなんです。 なんと兄、姉、妹、義理の弟、義理の兄と兄弟が たくさんいるのです。 しかもみんな有名人です。 リバー・フェニックス(兄)• レイン・フェニックス(姉)• サマー・フェニックス(妹)• ケイシー・アフレック(義弟)• ベン・アフレック(義兄) 凄すぎますね。 いわゆる芸能一家です。 ホアキンの主な作品• 『グラディエーター』• 『サイン』• 『ヴィレッジ』• 『ザ・マスター』• 『インヒアレント・ヴァイス』• 『ビューティフル・デイ』• 『ジョーカー』 結構な確率で作品を見ていました。 グラディエーターなんか衝撃的でしたよね。 テレビ放映も何度もあったから見た人も 多いと思います。 彫りの深い顔立ちがグラディエーターには ぴったりはまっていて好きでした。 この映画で 助演男優賞を受賞しています。 ヴィレッジは映画館に行ってちょっと 怖かったですwww 1995年の『誘う女』はニコール・キッドマンが セクシーだった映画ですが、これにはなんと ホアキンの他に、マットディロンも出演していました。 この頃がアメリカの映画俳優のちょっと危険で 影のある俳優がとてもかっこよかった全盛期だったと 勝手に思っています。 ホアキンフェニックスは21歳という 若さでこの美しさです。 そして2019年には『ジョーカー』でホアキンが 演技力で脚光を浴びて嬉しいです。 【追記】 ジョーカーでアカデミー賞、主演男優賞を受賞しました。 こうやってみると演技力は若い頃から 確かだったのは出演作品を見ればわかりますね。 そしてモテ男ですね。 歴代彼女が美しい人が多いですが、 現在の彼女とは年の差カップルです。 ルーニー・マーラです。 生い立ち なかなか壮絶な生い立ちなんですよ。 父親が元カトリック教徒で 宗教団体の宣教師でした。 祖先はドイツ系、フランス系なので 彫りの深い濃厚系な顔立ちです。 母親はユダヤ人で父親と同じく 宣教師として活躍をしていたんですね。 とても熱心だったといいます。 旧姓名がボトムとあるのは 両親が進行していた団体を脱退して アメリカへ移住をした時にフェニックスに 改名をしたからなんです。 兄のリバーフェニックスが宗教団体の 異常性を告発したことがきっかけとなりました。 その時ホアキンはまだ4歳だったんです。 アメリカに来た頃、 生活が苦しくて貧困だったため 子供たちも街へ出て歌をうたったり、演奏をして お金を恵んでもらうという生活をしていました。 まるで映画のような生活状態ですね。 そんな日々だったけど好転の人生が始まります。 ある会社からエキストラとして雇われ CMに出演をしました。 これを機会にして兄弟で子役から 芸能界へと進んでいきました。 でもホアキンは芸能界での道を選ばず 南米への旅に出ています。 何か思うことがあったのでしょうか。 旅を終えて、俳優の道を選んだホアキン。 この頃まだ15歳という若さです。 多感な時に南米の旅に出ちゃうホアキンって 何か持っているように感じますね。 もともと才能があったのか子役で映画やCMなど 活躍を始めます。 そして記憶に今でも衝撃的に残っている リバーフェニックスの死です。 あれが1993年で ホアキンが19歳の時です。 リバーフェニックスがジョニーデップと 共同出資して経営していたクラブで この世を去りました。 私は実はそのニュースの1年後にクラブへ行ってきました。 なぜってすごく悲しかったからです。 リバーフェニックスの秘めている何かと 美しさの大ファンだったからです。 そのクラブへ行ってみるとリバーが 倒れいていたというシャッターの前は 出入りができないようになっていて シャッターの前には花束がたくさん置かれていました。 私も花束を置いて来ましたよ。 そしてクラブで飲みまくり踊りまくりました(笑) 一人で行くには勇気がいりすぎる状況でしたけどw 実はリバーが麻薬の大量服用で倒れたその時、 ホアキンも居たんですよね。 救急車を呼んだのはホアキンだったという事実。 リバーフェニックスはこの時、人気共に絶好期で 大きなニュースでした。 マスコミはもちろんホアキンの元へいきますよね。 過剰とも言える取材に耐えられなくなって 芸能界からしばらくの間、身を引きました。 マスコミってやつは(泣) 1年後、 『誘う女』でホアキンは映画復帰をしたんです。 それからの活躍は誰もが知るところとなっています。 45歳となったホアキンは、めちゃめちゃ脂がのっていて 今こうして主演も果たしています。 ますます渋くなっていくホアキンの今後が 楽しみで仕方ないのです。 個人的感情が入りまくりましたが(笑) 本当に素敵な俳優さんになっていました。 それにしても若い頃の画像を今振り返ると 本当にかっこいいな(笑).

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ジョーカー俳優が全米をブチ切れさせた超問題作…『容疑者、ホアキン・フェニックス』緊急再リリース

グラディエーター ホアキン フェニックス

画像の引用元:グラディエーター-作品-Yahoo! 映画より こんばんは! ジェームズ・ボンドの1番弟子でーす! ジョン・ウィック:パラベラムも楽しみだが10月には、もう1つ楽しみがある。 コウモリのコスプレをしたオッサンの宿敵ジョーカーの単体作品だ! ヒース・レジャーという神の俳優がジョーカーという道化師を誰も手の届かない領域にまで持っていってしまったため誰も演じない!演じたがらない! そりゃそうだろう。 誰だってショーン・コネリーの後のジェームズ・ボンドなんてやりたくないだろう、、、。 それと同じだ。 正直、ジャレッド・レトのジョーカーは微妙だった。 もうヒース・レジャー以上のジョーカーは現れないんじゃないか? そんな矢先に現れた男ホアキン・フェニックス!! 予告編を見た方は感じているだろう。 来る!来るぞ!!あの狂気に満ちたピエロが来るぞ!! どういう役作りをしたら、あそこまで入り込めるのか、、、。 とにかく最新作ジョーカーに期待だ!! というわけで今回はホアキン・フェニックスが若気の至りで、めちゃくちゃ憎たらしいヴィランを演じたグラディエーターを紹介するぞ!!! 舞台は古代ローマ帝国。 マルクス・アウレリウス・アントニヌスとか五賢帝とか色々覚えさせられたなぁ、、、。 同じような名前ばっかりで大変だったなぁ、、、。 ゲルマニアを征服し、さらに領土を拡大させたローマ帝国。 国の発展に大きく貢献した英雄マキシマス将軍 ラッセル・クロウ。 一方、血統に恵まれた以外は特に何も才能が無い皇帝のボンクラ息子コモドゥス ホアキン・フェニックス そして皇帝が後継者に任命したのは実子コモドゥスではなくマキシマスだった。 当然、自分が世継ぎだと思っていたコモドゥスは発狂! 実の父である皇帝をハグして窒息死させる。 そして、その罪をマキシマスになすりつける。 こうして一夜の間に将軍から奴隷にまで身を落としてしまったマキシマス。 コモドゥスは実力も無いのに無理やり皇帝になっただけでなくマキシマスの故郷の妻子にまで手をかける。 何たる悪行!やはりボンボン息子にロクな奴は居ない。 僕の周りでもボンボンは何人か居るが、その中に人として尊敬できる奴はいねえなぁ、、、。 何だろうなぁ、、、。 別に極貧生活を経験しろとは思わないが人間、多少なりとも金銭の面で苦労したほうが成長できる気がする。 生きていくうえで金を稼ぐダルさは、どこかで経験しておいたほうが良いように思う。 やっぱり金銭感覚が合わないまま結婚とかしちゃうと大変なことになっちゃうんだよね。 まぁ、こんなクソみたいな記事を投下している僕が偉そうに言えたことでは無いのだが、、、。 そんなわけでコモドゥス帝は幼い頃から何の苦労も無くヌクヌクと育ってきたわけなので自分の思い通りにならないと我慢ならないわけですよ。 そして、これを演じるホアキン・フェニックスが巧い(笑) 若さゆえ世間知らずで甘ったれたドラ息子を、これ以上ないくらい堂々と演じている! コモドゥスがホアキン・フェニックスじゃなかったら今作の魅力は半減したのは間違いない。 個人的には早く死んでほしい野郎だが映画としては、とてもgoodなキャラだ!• 生まれ持った資質 忘れかけていたが今作のメインはコモドゥスじゃなくてマキシマスの復讐だ! 奴隷商人に拾われたマキシマス。 帝国の闘技場で行われる殺し合いに飛び入り参加!! 失うものが無い男は、こえーぞ!命を省みず突っ込んでくるからな。 兜を外してマキシマスだ!お前を殺しに来たと言い放つシーンは最高だ! うちはマダラだと思い込んでたもんが、うちはオビトだった時くらいの衝撃だったろうなぁ、、、コモドゥスも! 後半のマキシマスVS無敗のデカい奴 名前忘れた の名勝負は是非見てくれ!! 床から虎が出てきたりでメチャクチャだ!というかローマ帝国の設備ハイテク過ぎないか? 床が、せりあがる奈落みたいなのもあったぞ!! もちろんラストにはマキシマスとコモドゥスも一騎打ちもあるぞ。 白い天使のような鎧をまとった邪悪な皇帝。 黒い鎧を身にまとった闘技士。 対照的な2人だ! どこまで行ってもマキシマスには敵わないコモドゥス。 どんな手を使ってでもマキシマスを陥れようとするが全て返り討ち。 民衆からも賞賛されるマキシマス。 このあたりは生まれ持った資質なんだなぁ、、、。 どんなに金持ちでも社会的地位が高くても秀でた芸を持っている者には勝てないんだなぁ、、、。 まとめ グラディエーターの魅力が伝わっただろうか? 一言で言えば金持ちのボンボンが元将軍にシバかれる話だ! 実の姉の息子、言わば甥っ子も手にかけようとするコモドゥス。 ラストバトルでは衛兵からも見捨てられ隠し持ってた刀を取り出していた。 なんと卑怯な、、、。 救いようのないクズ野郎だ! もう顔を見るだけで腹が立っていたので早く死んでくれと願っていた。

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