会 いたい ん だ 今 すぐ その 角 から 飛び出し てき て くれ ない。 #twst夢 #監督生 歪んだ愛情を受けていた監督生が記憶喪失になった

【 いたいのです 】 【 歌詞 】合計97件の関連歌詞

会 いたい ん だ 今 すぐ その 角 から 飛び出し てき て くれ ない

『東日本大震災から6年 記憶を未来へ』 3月11日で、東日本大震災から6年となります。 東日本大震災のあと、岩手、宮城、福島県では 合わせて26局の臨時災害放送局が立ち上がりました。 安否確認情報や、生活情報を被災者自身らが足で広い 極限の中で放送を続けてきました。 ~~ しかし臨時災害放送局は6年の月日が経つうち その役目をおえたり、経済的、マンパワー的な問題で閉局したり 一般のコミュニティーFM,いわゆる商業放送に切り替えるなどして消えていき 現在は6局ほどになっています。 そのうちの1局が「りんごラジオ」です。 宮城県亘理郡山元町。 ここでは636人が津波の犠牲になりました。 何もかもが流された沿岸部は6年がたとうとする今、大規模な農地としての開発が進み、 内陸部に移設された常磐線の駅の周辺には見違えるような復興団地が開発されています。 ~~ しかし被災当時、山元町は完全に外部の情報を遮断され 町内の情報も共有できない事態に陥りました。 キー局もこの町をほとんど取材しなかったため 町の人々は自分たちのおかれた状況がつかめません。 被災者にとって一番大事なのは水や食料、医療関係の情報だったのにです。 ~~ そんなとき立ち上がったのがこの山元町で定年後を過ごそうとしていた 東北放送の元アナウンサー高橋厚さん(74 歳)でした。 「山元町から発信する山元町のための放送局」が必要だと確信し、奔走した高橋さんは、 2011年3月21日午前11時に「臨時災害放送局」として「りんごラジオ」を開局したのです。 ~~ 番組は全て自分たちで制作、多忙な日々が続きました。 2014年に高橋さんは脳内出血で倒れ、復帰も危ぶまれました。 病を乗り越えて現在もマイクの前にいます。 存続問題などを抱えながらも、6年たつ今、町に必要な情報を模索しながら 放送を続けています。 ~~ 文化放送でも震災後にその奮闘ぶりを取材しましたが 去年から今年はじめにかけて再び、りんごラジオを訪ね 取材しました。 ~~ 実はこの「りんごラジオ」 過去に一度、小説に登場したことがあります。 この小説は「希望の地図」。 作者は「流星ワゴン」などの作品で知られる直木賞作家の重松清さん。 ~~ 震災の翌年にりんごラジオなどを取材した重松清さんは その後「希望の地図 3・11から始まる物語」という小説の形を借りたルポルタージュを執筆したのです。 そこで今回は、 重松清さんと共に山元町を訪れて取材しました。 ~~ 6年が過ぎた被災地に立った重松さんがどんな言葉で変わりゆく町を語り、 りんごラジオをはじめとする町の人々の想いを受け止めるのか。 ぜひ、放送をお聞きいただきたいと思います。 取材の際、「りんごラジオ」に出演した重松清さんと 報道スポーツセンター関根英生部長 番組を進行する高橋厚さんと真理子さんご夫妻 ~~ このほか、今年の3月11日は生放送で 石森が震災発生依頼取材してきた被災者のかたがたに リアルタイムでお話を伺います。 詳しくは以下をご覧ください。 ~~~~~ 『文化放送報道スペシャル 東日本大震災から6年 記憶を未来へ』 3月11日 土 午後1時00分~2時55分 パーソナリティ 石森則和(文化放送報道記者)、小川真由美(フリーアナウンサー) ゲスト 普天間かおり(歌手) 番組内(1時20分頃) 『シリーズ被災地の真実 希望の声をつなげて ~作家重松清さんが訪ねる被災地山元町とりんごラジオの6年』 出演 重松清(直木賞作家)高橋厚、真理子夫妻(山元町臨時災害局「りんごラジオ」) 黄色いハンカチ 東日本大震災から間もなく6年、また3月11日がやって来ます。 文化放送では3月11日 土 の13:00~15:00、2時間特番として 「文化放送報道スペシャル 東日本大震災から6年 記憶を未来へ」を放送します。 今回は、作家の重松清さんが宮城県の被災地・山元町を訪れ、 町の臨時災害FM局~「りんごラジオ」を震災から6年振りに訪問しました。 2時間の特番中、メイインパートとなる1時間がこの重松さんパートになります。 重松さん自身が足を運び、目で見た被災地の現実と5感で感じた 6年という時間の重みを伝え話す「特番in特番」をお聴き頂きます。 是非、3月11日 土 はAM1134、FM91. 6にダイヤルを合わせて下さい。 慰霊碑が光沢のある「みかげ石」のため、正面に奉じられ、風にたなびく 黄色いハンカチが映っています。 ハンカチの一枚一枚には慰霊のことばや励ましのことばが綴られていました。 12年前のバレンタインデー 2005年2月14日に東京・府中市で起きた事件を覚えていますか? 現場は当時の「多摩中央信用金庫」の駐車場。 営業課長だった後藤博樹さん(当時39歳)が、帰宅しようとしたところ、 男に包丁で腹などを刺されて殺害されました。 未解決のまま事件から12年になるのを前に、先週、母親のリウさんが 報道各社の取材に応じて下さいました。 『本当に大事な、かけがえのない息子でした』 リウさんは、真実の情報を提供して欲しいと、 現場の遺留品である腕時計の写真を掲げながら訴えました。 (写真:警視庁提供) 犯人の男が後藤さんともみ合った際に落とした「GUESS(ゲス)」社製の腕時計。 1995年モデルで、蛇腹式のバンドに付け替えられているのが大きな特徴です。 電池も3回ほど交換されているとのこと。 警視庁によりますと、男は20~40歳くらいで、身長は170~180センチほど。 やせ形で血液型はO型。 京王線府中駅の方向に走って逃走したそうです。 リウさんは、 『人には命の限りがあり、時間に限りがある。 できるうちに、できることをやりたい』と、 自ら街頭に立ち、情報提供を呼びかけ続けています。 情報は、府中警察署の捜査本部で受け付けていて、 電話番号は、042ー360ー0110 です。 現場には行ってみるもんだ 報道ブログ・・・誰も更新しねえな。 そこでアタシ、韓国・ソウルに行ってきたのでご報告。 平昌冬季五輪まであと1年ということで、日本のメディアでは現地でのイベント等が紹介されてたよね。 平昌からわずか200キロのソウルは全然盛り上がってにゃい。 グッズもなければ旗もない。 空港でやっとこんなものを発見。 やはり朴槿恵大統領の知人、崔順実被告と五輪組織の問題が水を差しているのか・・・。 光化門広場には大統領を糾弾するオブジェが・・・。 ソウルや近郊の名所は行きつくしているので、崔被告の娘で話題の梨花女子大へ。 日本で言えばお茶の水女子大。 ここなら裏口入学させたくなるわな。 日本大使館前に行ってみると、慰安婦少女像がこんな感じに。 隣には見張りのテントがあり、市民団体が常駐してた。 現場には足を運んでみるもんだな。 東京・原宿で大行列ができる韓国発の氷菓、ソルビンも待たずに堪能できたし・・・。 今年の注目国は、アメリカ、韓国、英国の3つ。 身銭切ってバシバシ行くことにするか・・・。 BIG6、開幕! アメリカは9・11テロ事件から15年。 きょうはまず、グラウンドゼロの方向に向かって黙とう。 あの日... 、自宅でテレビを見ていたら、WTCに2機目が突入。 当時の報道部長から数分後に電話があり、「ニューヨークへ行ってください」と指示を受けたのを思い出す...。 さて、週末、私は神宮球場へ。 BIG6が開幕したからねー。 今秋の東京六大学野球も明治が軸。 エース宮台(3年 湘南)に加え、速球派の山本俊(4年 西春)や小林(1年 横浜翠嵐)にメドがついた東大にも期待。 来月のドラフト会議では、大学、高校生ともに投手が豊作と言われているけど、六大学もそう。 明治の柳(4年 横浜)、立教の田村(4年 報徳学園)と澤田(4年 大阪桐蔭)、それに慶應の加藤(4年 慶應義塾)など。 開幕日の学生応援席は無料なので行ってみたのだけど、野手でプロ注目の早稲田・石井(4年 作新学院)の本塁打が見られてよかったわ~。 プロ野球もMLBも見れば楽しいけど、BIG6もなかなか。 (チアと肩くんで校歌が歌えるなんてココだけ)。 どうなる!? 首都被災時の交通規制 防災の日の9月1日。 東京都と埼玉県の境に近い日光街道、国道4号線で 警視庁により、ある訓練が行われました。 首都直下地震などが起きた場合に 緊急車両が通れるよう、一般車両を規制する訓練です。 都心と埼玉方面を結ぶこの国道、およそ10キロを 30分間にわたって通行止めにして行うもので 過去の最大規模となります。 (昨年までは幹線道路の数百メートルを10分程度規制) 訓練が開始されますと 防災型信号機の矢印表示が、直進から、交差する道に曲がるように変わり 警察官らは、走行中の一般車両を、う回路に誘導しました。 10キロの区間には14の交差点がありますが それぞれの交差点にかけつけた警察官は2人、多くて4人。 それに対して訓練が行われた午前10時の交通量は毎時5000台。 少ない人数でいかに安全に一般車両を誘導できるかが問われます。 この日のために用意された乗用車やトラックなど数十台の前には がれきに見立てた箱が並べられました。 警視庁や、国土交通省のレッカー車やフォークリフトが 車をどかしたほか、ショベルローダーががれきを片付け パトカーや救急車が走るための車線を確保しました。 そのほか、ギアがPに入ったワンボックスカーを 警察官が5人がかりで、人力で押し出す姿もありました。 訓練時間は30分間でしたが 画像の大型トラックは結局時間内に動かすことはできず 課題は残りました。 また、本当の震災が起きた時に、動かした車を置くスペースが ビル街にあるのか?という疑問も感じました。 この国道4号を含む6つの一般道路と高速道路は 震度6弱以上の地震が発生した時に、「第一次交通規制」として 一般車両の通行を禁止する「緊急自動車専用路」に指定されています。 「第一次交通規制」が行われると 一般車両は環状7号線から都心方向への通行ができなくなるほか 環状8号線から都心方向への流入も抑制されます。 東日本大震災で都内は最大震度5強だったため、 6弱以上で行われる第一次交通規制は実施されませんでした。 しかし都心部では大渋滞が発生しました。 あの日、中継車で東北の被災地に向かうのに 都内を出るまで6時間以上かかったことを思い出します。 警視庁は今回の訓練で 災害時にどの程度の渋滞が発生するかや、 周辺道路への誘導が適切に実施できるかなどを確認し、 今後の対策に生かす方針です。 遺体のすべてを発見 東京・目黒区の碑文谷公園の池で、阿部祝子(ときこ)さん(当時88歳)の 切断遺体が見つかった事件。 きのう、新たに阿部さんのものとみられる右腕の骨が見つかりました。 「とう骨」と呼ばれる、ひじから手首にかけての骨で、 池の南東部の底に沈んでいるのをダイバーが発見したそうです。 最初に阿部さんの遺体の一部が池から発見されたのは、6月23日。 これで遺体の全ての部位が見つかったことになり、 およそ2ヶ月にわたった捜索は終了しました。 この事件では、阿部さんを殺害して現金数十万円を奪ったとして、強盗殺人などの疑いで 近所に住む池田徳信(やすのぶ)容疑者(28歳・死体遺棄罪で起訴) が 警視庁に再逮捕されています。 事件を受け、碑文谷公園は閉鎖されていますが、今後、公園の開放については 警視庁と区が調整していくということです。 52年前の銅メダル リオデジャネイロオリンピック4日目、きのう行われた 競泳男子800メートルリレーで日本チームは見事に銅メダルを獲得しました。 800メートルリレーでのメダル獲得は1964年の東京オリンピック以来、 52年振りの快挙ということで、きょうのスポーツ紙はほぼ全紙が1面トップ扱いでした。 何紙かの紙面には52年前のメダリスト~800メートルリレーメンバーの白黒写真が 掲載されていますが、2年前に迅英はその時のリレーメンバー3人 ~岡部幸明さん、庄司敏夫さん、岩崎邦宏さんにインタビューを行っています。 残る1人、福井誠さんは残念ながらすでに亡くなっていました。 その時拝見した銅メダルと一緒に撮影した岡部さんです。 '64年の東京五輪で日本競泳陣はメダルラッシュが期待されていたにもかかわらず、 最終日の最終種目の男子800メートルリレーまでメダルゼロ、国民の期待と注目を 一身に集める中のレースだったことは想像に難しくありません。 さぞすごいプレッシャーだったことだろうと思い、3人にお聞きしましたが、 総じて「そうでもなかった」と言います。 そして「アメリカ以外には勝てると思った」「冷静だった」とも。 今回のリオ五輪800メートルリレーの銅メダルメンバーの会見を聴いていると、 52年前のメダリストたちの姿とコトバとダブる。 トビウオスイマーのDNAは確実に受継がれているのだろう。 証言 東京・秋葉原の歩行者天国で男女17人が死傷した無差別殺傷事件の発生から 8日で8年を迎えました。 現場となった交差点にある献花台の前では 通りかかった様々なかたが足を止めて手を合わせていました。 ~~~ あの日、先に現場に到着した奥山記者(当時)に続き秋葉原に入りました。 秋葉原に着くと、 加藤死刑囚が乗って人々に突っ込んだトラックが警察署に運びこまれるところでした。 現場では混乱の極みの中、たまたま居合わせた皆さんが 医師や救急救命の心得のあるかたの指示のもと救命活動にあたりました。 ~~~ 被害者が全て搬送されたあと、 助けた皆さん自身もその惨状に大きなショックを受けており 取材に答えてくださるのは困難な状況でした。 ただ、私の持っていた文化放送の名前入りのマイクを見た男性は 「自分はトラックドライバーで、文化放送をいつも聴いている。 ラジオは信頼できる」として、証言してくださったのです。 ~~~ このかたは都内に住むトラックドライバーの沖正水さん。 以前から救急救命に関心が高く 人工呼吸用のマウスピースも持ち歩いていました。 沖さんは職業上、加藤死刑囚の運転するトラックの動きが目にとまり 突っ込んでくる様子を目撃していました。 ~~~ 自分が助けようとした人に、黒い札(救助の優先度を選別するトリアージで死亡と判断された場合につけられる札)がつけられていく悔しさをかみしめながら 次の人は、次の人はと、助けていきました。 警察や救急隊員が手一杯だったあの状況下で、 救助にあたった沖さんたちの功績は本当に大きなものでした。 警察署は皆さんに感謝状を贈っています。 沖さんの話を聞くたびに とっさにこのような事態に遭遇したときに 「自分だったらどこまでできただろうか」と自問自答してしまいます。 ~~~ 一時は歩行者天国も中止された秋葉原ですが 今は明るさを取り戻しています。 地元のかたがたが連携、警視庁などとも協力して 防犯活動に努めていることも大きいでしょう。 「いつもと違うことはないか?」という目を持てるのは そこで暮らし、或は仕事をしている人々です。 ひとりひとりの防犯意識、またいざというときの心得の大切さを感じます。 ~~~ 献花台に気付いた通行人は「ああ、もうそんなにたったのか」と話していました。 あれ以来、毎年ここで手を合わせている沖さんですが 年々人々の記憶の中からこの事件が風化していくのを憂いています。 伊勢志摩サミット無事終わる。 5月26日、27日、伊勢志摩サミットが開かれました。 サミットの会場となっている賢島の志摩観光ホテルからは車でおよそ40分。 メディアの代表者が会場に取材に行き、 そこから送られてくる音声や映像が各メディアに配信されます。 それらをもとに、記者が記事を書いたりレポートをしたりするのです。 個人的には世界中の報道関係者が同じ場所で同じものを取材する、ということに 感じるものがありました。 文化放送もこの中にブースをひとつ持ち、 そこから番組を生放送したり、ニュースのレポートをしました。 この部屋には基本、技術さんと2人ぼっちではありましたが、 準備には迅英部長、同じく国会担当の山本記者、 宿泊施設を確保してくださった報道のみなさんの尽力がありました。 (大変なのよ) サミットが始まってからも報道デスクのみなさんや、連日編集をしてくださったウラのりかずさん 各番組の担当者さんや、 本社と現地の技術さんとの「絆」を感じながらの放送でした。 旧知の記者に再会することも多く あちらこちらで、旧交を温めている姿も見受けられました。 そんななか、「あ、石森さん!」と声をかけてくださったのは、記者ではなく 警視庁の報道担当者のかたでした。 サミットには全国の警察署からの応援と合わせ2万人の警察官が配備されています。 今回は賢島周辺に集中していますので、かなりの「密度」ということになります。 賢島の手前に設けられた臨時保安所や、伊勢神宮周辺などにも取材に出かけましたが お話を聞けば、皆さんの生活や仕事への警備の影響は少なくありませんでした。 ただし「守ってもらえてありがたい」とか 「警備が厳しいのは仕方がない、終了後の経済効果に期待したい」などの声が目立ちました。 英虞湾には60を超える島々があるほか入り江や森も多く 不審者や不審物の発見には地域の目が欠かせないとして 事前に何度も警備についての説明や協力要請があったとのこと。 住民のみなさんも大変協力的で、防犯意識の高さを感じました。 ~~~ さて、IMCの敷地内には「三重情報館」という展示施設も開設されました。 ここには三重県や日本の最新技術や伝統工芸などが展示、実演されていました。 これは江戸時代から伝わる「からくり人形」。 お茶を運んできて、茶碗を茶卓から持ち上げるとそこで停まり 再び置くと振り向いて戻っていきます。 木製で動力はゼンマイ。 ペッパー君のご先祖様です。 いったいどういう人が持っていたのだろうと聞きましたら 大名など、財力のある人が「見せびらかすために」持っていたのだそうです。 では、現在のロボットはどうなのか? からくり人形の横には、最新のロボットが展示されていました。 そこでロボットの開発者のかたに話を聞くと 「以前、ロボットは『人間の代わりに何かをするもの』と思われていましたが 現在は『人間の生活、心や体をサポートするもの』になりつつあります」とのことでした。 からくり人形の職人さんと、最新のロボット技術者が 互いにリスペクトしながら歯車について立ち話をしているのを見て 受け継がれてきた日本のものづくりの技術や文化に思いを馳せました。 もともとは海外メディアにそういった日本の技術や文化を伝えるのがこの施設の目的なのですが 隣のエリアの伊賀忍者ショーなどに見入っている外国人記者が多く、 ちょっとあららという感じではありましたが。 ~以下蛇足~ 会場内を移動中、 ロボットのペッパー君に「三重県についてのクイズで僕と勝負をしよう」と言われ 受けて立ちましたが、惨敗。 おまけに半笑いのペッパー君(主観)に 「惨敗記念」の写真をとられ屈辱の図。 ただ一つ 秩父宮ラグビー場に、スーパーラグビーのサンウルブズの応援に行くはずだったのが、隣の神宮球場から聞こえてきた法政の応援歌に誘われて、またしても東京六大学野球へ。 第2試合の東大対立教を観戦。 メディアで話題の145キロ左腕、宮台くん(湘南:3年)が、甲子園常連校出身者をズラリと揃えた立教打線を完封。 打線もプロ注目の澤田(大阪桐蔭:4年)に集中打を浴びせた。 (つええええええええー) 早稲田の学生時代から幾度となく通った神宮で、これほど感動したゲームはない。 (赤門はええの) 偏差値70超の応援部員が泣いている。 センター試験で90%超の正答率を叩き出したであろうチアが駆け寄ってくる。 スタンドの現役東大生やOB、私のようなニセ者も含めて歓喜の嵐。 すでに明治に1勝しているけど、シーズン2勝は実に8年ぶり。 高校野球で強豪校とは言えない超進学校の出身者が揃う東大。 それが、大阪桐蔭だの浦和学院だので固めたチームに勝つんだもんなあ。 弱くても勝てます... なんてタイトルのドラマがあったけど、私たちにも勇気をくれる赤門旋風。 東大の応援歌「ただ一つ」も「闘魂は」もフルで歌えるので、また、なりすまし応援行くべ。 (宮台、ホントいいP!) 東京六大学野球 「今年の東京六大学野球は立教と東大が強い。 他の4大学も紙一重」 アマ野球好きの友人からそんな話を耳にしたので、久しぶりに神宮球場に出かけることにした。 お目当ては第2試合の慶應対明治。 外苑前で降り、秩父宮ラグビー場を右手に見ながら球場に近づくにつれ、第1試合が白熱しているのであろうか、早稲田のブラスバンドが奏でる応援歌「紺碧の空」がだんだん大きくなってきた。 チケット売り場で学生証を見せ、ワンコインで入れる応援席へ。 目の前に球場のパノラマが開けてくると同時に、一塁側を埋めた立教の応援席から割れんばかりの拍手が降り注いできた。 母校・早稲田の敗戦。 主戦・澤田を崩せず、最終回、満塁のチャンスを潰したらしい。 しかし、きょうの目的は慶應の応援。 チアに促されるままに、応援席のほぼ中央に座った。 学生や院生時代、何十回となく通った学生野球の聖地。 30年前、隣の席で「明治をぶっつぶせ~」と大声を挙げていた彼は今何をしているのだろう。 「早慶戦ってこんなに盛り上がるんだ... 」と妙にはしゃいでいた彼女は、幸せに暮らしているだろうか。 青春時代の甘酸っぱい思いがふとよみがえってきた。 今は、この春、慶應に進んだ娘と「明治をぶっつぶせ~」を連呼している。 「加藤、おさえろ~」「柳町~、放り込めぇ」などと叫んでいる。 娘も学年を重ねていくうちに、神宮でさまざまな思いを身にまとうようになるのかもしれない。 そして、やがては親として子どもと一緒に「明治をぶっつぶせ~」をリフレインすることになるかもしれない。 伝統の東京六大学野球。 数々の名勝負を生んできた年月は、個人の歴史であり親子の歴史でもある。 地域の声に耳を傾けて 熊本県益城町。 熊本地震でもっとも被害が大きかった地域です。 避難所に入りきれず、車の中で生活する家族は 車をとめた校庭で、 炊き出しのスープを幼い娘に食べさせていました。 普段は別の家で暮らしてるおばあちゃんも 築100年以上の立派な農家の家が壊れてしまい 車の中で一緒に生活しています。 おばあちゃんは 「こんなことなら長生きするんじゃなかった」とこぼします。 「もうこれで老人ホームで暮らすことになるわ」とも。 避難している人の疲れはたまり、 複数の避難所で、口論などが起きているといいます。 避難所で暮らす家族に「どんな物資が必要か」を尋ねようと 「今一番欲しいものは何ですか?」と聞くと 「やすらぎです」という答えが返ってきました。 ただ、救いなのは 熊本の皆さんは、普段から人と人との結びつきが比較的強いということです。 熊本城の近く、熊本市立城東小学校の避難所では 震災から二日目には、被災者自身が様々な役割を担う組織ができあがっていました。 若い世代の地域のリーダーが それぞれの人脈を縒り合せ支援の輪を広げていました。 物資に関しても「どこにどんなものが必要なのか、必要でないのか」を 地元に学部がある東海大学の学生らが調査してまとめ 機敏に対応していました。 また、別の避難所では、そこに避難していた高校のサッカー部のメンバーらが 物資を配布するボランティアにまわりました。 東日本大震災でもそうでしたが 被災者が被災者の悩みを聞き、互いに助け合うという構図がみられます。 被災者が被災者を支援する構図が生まれてくる背景には 行政の対応が後手に回りがちだということもありますが それ以上に「地域の人のことは地域の人が一番よく知っている」 ということが挙げられます。 ですから行政も、自治会長など地域のリーダーの話をよく聞くなどして 地元の求めているものを きめ細かく把握する必要があると思います。 今回も指定の避難所ではない所で自主避難をしている人が多いため 行政は実態を把握しにくく、 物資や健康面でのケアが心配されています。 余震に怯えながらも、幼い子や高齢者がいるために自宅から出られず そのため物資がなかなか得られない人もいます。 こういうケースこそ、地域の人から聞いた情報を活かすべきです。 くまモンが泣いている~熊本地震取材 熊本地震の取材に行ってきた。 空路、福岡(博多)に入り、博多から熊本県北部の荒尾まで在来線。 博多から5時間もかかってしまった。 被災した熊本城。 遠目からも大天守の瓦が落ちているのが見える。 城は熊本県民の誇り。 多くの方から「お城がこんなになってしまって」という嘆きの声を聞いた。 重要文化財の櫓や長塀まで倒壊していて見る影もない状態。 震度7が2回。 それ以降も震度5強を超える大地震の連鎖は、清正公が築いた名城を無残な姿に変えていた。 城の復旧には10年余の歳月と巨額の資金が必要になる。 観光へのダメージも大きいはず。 熊本市内で倒壊したビル。 断水地域も多く、温泉が出る公衆浴場には2時間半待ちの列が。 普通に顔が洗えてお風呂で足を伸ばせる自由すらないのが被災地の真実。 益城町の状態はもっと深刻。 本瓦の家は大半が倒壊。 亀裂ができて主な道路は通れない。 「ここは子どもも教職員も全員被災者」... 避難所の飯野小学校で校長の声が胸に響いた。 我々報道陣は数日の取材で戻れるけど、被災した皆さんは先の見えない生活が続く。 どんな言葉で現状を伝えても、本当のところは伝えきれないのが実にもどかしい。 期間中、各避難所のリーダーらたくさんの方にご協力をいただいた。 元文化放送アナで東海大教授の小林寛子さんには、自宅への宿泊も含めてお世話になった。 現地で必要なのはモノより現金。 浮いた宿泊費は、あす、小遣いをプラスして義援金として現地に送りたい。 つなぐミサンガ。 東日本大震災の後、 被災地では多くの人が 住まいや仕事を失いました。 避難所で暮らした方も大勢いましたが 自宅などで暮らしたかたも多かったのです。 ところが避難所には人手も物資もたくさんあったのに 自宅に残った被災者のところへは、 物資も情報もほとんど届かない そんな時期がありました。 職を失い、収入の途絶えた被災者には 痛手になりました。 実はこれ、 今の熊本の被災地も 良く似た状況にあります。 東日本大震災によって被害を受けた宮城県気仙沼では 職を失った被災者が少しでも収入を得るために 「あるプロジェクト」が生まれました。 それが 「気仙沼ミサンガプロジェクト」です。 当時、被災者の悩みを聴くボランティアをしていたみなさんが 「職を持たないストレスに悩む人の多さ」に気づきました。 そして 手作りのミサンガを販売し、 その収入がほぼそのまま作り手に入る、 「ひとりひとりが個人事業主になれる」しくみを作ったのです。 失礼を承知で書けば、 売上自体は高額ではありません。 しかし 働いて、その対価を得られるという経験は 被災者の皆さんを力づけました。 さらに 一つひとつのミサンガに つくり手の名前を明記することで、 どこか遠いところに住む買い手と 気仙沼のつくり手を直接つなぎ、 単なる商品の売買ではない "つながり"を生み出しました。 さて、 この気仙沼ミサンガプロジェクトのスタッフは 自分自身も被災者です。 熊本の被災状況を見て、 その痛みがわかるだけに このほど 被災された障がい児者のご家族、 又は母子家庭に ミサンガの売上から義援金を送ることにしました。 事務局長の平田さんは自らを振り返り こう語ります 「震災後、何をするのにもお金が必要でしたが、 様々な義援金を頂いたのは7月以降でした。 また、障がいを抱えての被災者は本当に大変でしたが 私には何も出来ず 胸が痛くなったことを覚えています」 ミサンガについての問い合わせは 以下のHPからどうぞ。 伊勢志摩サミットPART2 石森記者に先を越されましたが先月末に迅英もG7伊勢志摩サミットの 会場となる志摩観光ホテル視察会に参加してきました。 まずは伊勢神宮で参拝。 安倍総理はおそらく各国首脳を伊勢神宮参拝のエスコートがしたい のでしょう。 が、各国首脳に「神道」の精神が理解できるだろうか? 志摩観光ホテルは石森記者も書いているように、 ベイスイートとクラッシックが主要会場になります。 加えて志摩観光ホテルが昭和26年に開業した当時から建つ 「旧館」も使用するとの事。 ~手前の赤い屋根が「旧館」~ 少し気になったのが、関係者の本音とも取れる呟き~ 「島だから警備がしやすいというのは妄想。 隠れるところが一杯ある」 確かに、警備の盲点が結構ありそうだというのが迅英の感想です。 と思いました。 石森記者、どうですか? 震災と性的マイノリティ。 ぜっんぜんブログの更新をしておりませんでした、涙子です。 ご無沙汰してます、お元気ですか? 私は相変わらずデカくて団子頭です(^w^)。 11日で東日本大震災から5年。 ニュースパレードでは10日間にわたって震災特集を放送しました。 その中の1つの取材レポートを担当しました。 私が取り上げたテーマは、「震災当時、性的マイノリティの皆さんはどんな困難を抱えていらしたのか、そしてこの5年で何か変わったのか」ということ。 "LGBT"という言葉をよく耳にするようになりましたよね。 レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、の頭文字をとった言葉。 LGBTをはじめとする性的マイノリティに該当する方は、13人に1人とも言われています。 私たちの身近にいらっしゃるんですよね。 でも、私自身が震災当時にこうした方々の大変さに思いをはせていたかというと、反省しなければなりません。 そして私のような方が多いのでは、と思ったんです。 一緒に知りましょう、と。 宮城県仙台市を訪ねました。 何も分からない、見知らぬ私の突然のお願いにもかかわらず、取材に応じて下さったお三方。 はいどーん。 佐賀柊咲さん、小浜耕治さん、小野寺真さん。 皆さん、超優しい! 小浜さんは男性パートナーと暮らしています。 佐賀さんと小野寺さんは、体は女性、心は男性です。 性的マイノリティの皆さんは、通称名で呼び合っていたり、ネットだけでつながっていることが多いのだそう。 だから本名、住所を知らない。 友達の安否確認がしづらく、不安だったそうです。 トイレやお風呂が男女別で、入れなかった方も。 避難所では集団での寝泊り。 マイノリティカップルが知られたくないプライベートを知られてしまう・・・男性同士、女性同士のカップル。 名札をつける場合、本名や性別がばれてしまうことも。 知られたくない方も、強制的にカミングアウトさせられてしまう辛さ・・・伺わなければ知らないままだったことが沢山ありました。 性的マイノリティどうしが、普段から繋がっていなければ助けられないとひしひしと感じた、とおっしゃるお三方。 社会との繋がりも。 同じような思いを抱いた方は東北じゅうにいらっしゃいました。 震災前に9つだたグループが、いまや50以上。 3月21日には、東北全体を巻き込んだイベント「OUT IN JAPAN 東北プロジェクト」が開催されます。 会場は震災からちょうど5年、3月11日にオープンした被災地復興支援ライブハウス、仙台pit。 沢山の個性が、普段からどれだけ繋がっていられるか。 いざというときにその繋がりが反映されるんですよね。 お話を伺ったあと、石巻の日和山公園に連れて行ってくださいました。 津波が押し寄せる前の写真の後ろに広がる、今の石巻の海。 津波が飲み込んでしまった景色。 忘れてはいけない、伝えていかなくちゃいけない。 これからも私なりに、お伝えし続けようと思います。 団子頭で、取材を続けやすっ! 伊勢志摩サミットの会場周辺は今 5月26、27両日に三重県志摩市で開催される伊勢志摩サミット。 難民問題や過激派組織「イスラム国」への対応などが焦点となります。 ~~~ 会議が行われ、各国首脳が宿泊するのが 英虞湾に囲まれた賢島の、志摩観光ホテルです。 4月5日分までで、一般からの予約をストップしますが それまでは、一泊10万円するにもかかわらず満室です 1951年開業の旧館「クラシック」は作家の山崎豊子さんが贔屓にし 「華麗なる一族」の舞台にもなりました。 こちらは英虞湾を一望するのが新館の「ベイスイート」 敢えて小さく作ったエントランスを入ると 9千粒の真珠で作ったシャンデリアが迎えてくれます。 全館で5万粒の真珠が使われているのです。 何より素晴らしいのが屋上庭園からの英虞湾の眺望。 海に浮かぶのは真珠養殖の筏。 サミット開催時には 「核入れ」というアコヤ貝に真珠の核を入れる大事な作業があります。 警備担当者によれば、作業する船に目印となる旗を付けるなど セキュリティをしっかりすることにより 作業を止(と)めたりはしないとのことです。 あくまでも住民の生活、業を尊重するとのこと。 ~~~ 世界中の報道機関が拠点とする国際メディアセンターは 県営サンアリーナという体育館。 でもまだ目立った準備はされておらず、 トイレを洋式から和式に改修しているぐらいでした。 テレビの放送スタジオやラジオ局などのブースが並ぶことになります。 外務省から予約が入っているのは4月1日から。 体操教室に子供を連れてきたお母さんは「え?聞いていません」と戸惑っていました。 ~~~ さて、賢島はおよそ100人が住む生活の場でもあります。 複雑な入り江もあり、警備は簡単ではありません。 そこで、三重県は官民参加の会議を立ち上げ 情報提供など、警備に県民の協力を求めました。 三重県の鈴木英敬知事は、住民との協力体制を組んだことについて 「地域のことをもっとも知っているのは住民だから」と答えてくれましたが サミット開催地以外の地域にも言えるなあと感じました。 鎌倉においでよ 先日、鎌倉で出会った斎藤美代子さんは 地元、手広中学校の校長先生でした。 定年の年、東日本大震災が発生し 隣の集合住宅に福島のご家族が 紙袋ひとつで避難されてきたといいます。 これをきっかけに鎌倉のお母さんがたが動きました お母さんがたで構成される未来・連福プロジェクトは 発生した年から、毎年夏休みに 福島のこどもたちを鎌倉に招待する活動を始めたのです。 6回目の夏となる今年は、 原発に近い双葉町(に住んでいた)子供たちを招待します。 宿泊するのは毎年建長寺。 もちろん海にも行きます。 「海に遊びに行けなくなった子供たちに 鎌倉の海を見せてあげたい」 5年の間に、なんだかんだで 家族も合わせ150人ほどが参加するようになってきました。 鎌倉だからできたこともあります。 まず、福島の子供たちのために 琵琶などの伝統芸能の演者らが協力してくれるようになりました。 また、母親グループ自体には政治的宗教的な背景ありませんが 鎌倉の古刹を含め、お寺、神社、キリスト系協会などが 持ち回りでバックアップしてくれるようになったといいます。 高橋さんは言います。 福島の同じ町から呼んでも 区域や状況によって支援金があったりなかったりします。 家族の表情にも差があるのです。 それが気になります・・・と。 でも、 「こどもらは一緒に海を見て、遊ぶうちに同じ笑顔になるんです」とも。 費用は募金などが頼りです。 鎌倉の大仏殿は川を遡った津波で全壊するなど何度も倒壊し いつしか大仏さんは露座になりましたが 風雨に耐え、今も多くの人に愛されています。 海のある町、鎌倉の母親たちは その大仏さんのいる高徳院の前で 手製の募金箱を持ち、 観光客に声をかけ続けています。 仮設住宅にて 昨夜の『シリーズ被災地の真実 震災から5年、南三陸は今』 お聴きくださってありがとうございました。 番組前半で出てきた、山内夫妻宅でのお写真 こんなに大事に飾ってくれててビックリしました。 伺った時は夕方で、インタビューさせていただいてから お宅を失礼する頃にはすっかり日は暮れてまして、 山内さんの奥さんが 「真っ暗だから、通りまで懐中電灯つけてあげる」 と、見送りをしてくれたのですが 『大丈夫ですよー、寒いですし、こちらで失礼しますー』 なんて言ったのですが 「いいから、いいから、真っ暗だもん、そこまで見送るね」 と親切に懐中電灯を照らしてくれて 本当に寒かったのと、申し訳ないと思い 『この辺で大丈夫ですから~、ありがとうございました~』 と別れてから... 大人の言う事は聞きましょうという事を実感。。。 通りに出るまでガチで真っ暗でした。。。 (出ても暗かったけど... ) 文化放送で放送されました 『シリーズ被災地の真実 震災から5年、南三陸は今』 ですが、3月11日~地方局でも放送されます!! 放送局と日時は、、、 山口放送 3月11日(金) 21:00~22:00 東北放送 3月12日(土) 20:00~21:00 北陸放送 3月12日(土) 20:00~21:00 ラジオ福島 3月13日(日) 13:00~14:00 山陰放送 3月13日(日) 16:00~17:00 福井放送 3月13日(日) 21:00~22:00 東海ラジオ放送 3月20日(日) 17:00~18:00 和歌山放送 4月 3日(日) 19:00~20:00 京都放送 4月 3日(日) 19:00~20:00 STVラジオ 4月 3日(日) 27:00~28:00 になります! 伊里前福幸商店街 更新が遅くなってしまった・・・(反省) 先日、くにまるジャパンでお話させていただいた 「伊里前福幸商店街」 2011年、東日本大震災の津波で商店街も流され 1/3は廃業 1/3は個人商店として再開 1/3が今の形で商店街として再開 その再開した伊里前福幸商店街 取材時、ちょうど移転の最中でした。 道路を挟んで山側にあった仮設の商店街 海側に新たに"仮設商店街"を作っていました。 なぜ、"仮設"から"仮設"なのかというと 盛土し本設を目指しているんです。 その伊里前福幸商店街の店舗の一つ "造り酒屋"ではなく、お酒の販売のみの 純粋な酒店 「佐藤酒店」さん 店主の佐藤裕さんは22歳 震災時はまだ高校生でした。 高校卒業後4代目店主として活躍されている佐藤さん 「まずはおしゃべりに来て下さい!!」 と話してくれました。 イケメンの若い漁師さんも居たり、もちろん買い物にくる おばあちゃんが居たり、心地よいお店でした。 夜は飲み屋としてカウンターで飲めるお店も兼ねたいと 春にはスタートを目指して色々手続きを頑張っているそうです。 とにかくポジティブでウェルカムな佐藤さんでしたので 一度足を運んでみてください!! 語られぬ戦い 画像は宮城県南三陸町にある志津川中学校の仮設住宅です。 今年の6月あたりから、ようやく災害公営住宅などへの移転が始まります。 ところが、取材した80代のご夫妻が災害公営住宅に入れるのは、来年の夏。 1年以上の「入居時期格差」が発生しています。 なぜ、住宅の移転には、これほどまでに時間がかかってしまうのでしょう。 そこで南三陸町役場を訪れ 復興事業推進課 公営住宅整備係長 杉本明さんに聞きました。 ~~~ QR:災害公営住宅の整備状況は? 杉本さん:戸数はトータルで738予定。 そのうち104が完成、入居が始まっています。 今年度末には140が完成予定で現在検査等の手続き中で平成28年度末完成を目標に整備しています。 QR:入居時期にこれだけの格差があるのはなぜですか? 杉本さん:整備戸数がかなりあり、一度に整備するのが困難だからです。 このため事業手法を色々考えています。 「URからの買い取り」「宮城県への業務委託」「地元の建設業者による木造協議会からの買い取り」など色々な事業手法です。 UR一社で全部するのは困難ですから。 いっぺんに入居はなかなか難しいですね。 例えば木造戸建ては、地元業者の協議会にお願いしていますが、職人さんのマンパワー的な問題もあります。 QR:ほかに理由はあるのですか? 杉本さん:あとは申し上げにくいのですが・・・ 今の町の職員の体制が少ないというのもあると思います。 災害公営住宅整備係は7人ですが、ほとんど県外からの派遣なのです。 言い訳にはできませんが、確かにそれもあるのです。 QR:津波では町役場の職員も多くが犠牲になったと伺いました。 杉本さん:それもあります。 役場の職員は300人だがその3分の1は県外からの派遣です。 派遣元となる各自治体にも、応援に出せる人数には限りがあるのですが、 まあ、そこはわたしらの頑張りしだいで早期完成は可能だと思います。 QR:職員の皆さん、疲れてはいませんか? 杉本さん:土日も出勤することがあり、体調こそ崩していませんが、 みな、かなり疲れているとは思います。 ~~~ 杉本さん自身も兵庫県の職員でした。 兵庫県では、阪神淡路大震災で建物が壊滅したあと そこに新築、再建された建物を調査する仕事を担当していました。 東日本大震災の後、兵庫県から南三陸町への派遣を打診された時、 「自分が役に立てるなら」と決意し、応じたといいます。 しかし実際に来てみると、厳しい現実が待っていました。 ~~~ 杉本さん:震災から4年でもこういう状況かと正直思いました。 日々いろんな課題が毎日出てくる状況。 正直綱渡り状態です。 ですが、着実に進めている実感はあります。 震災から5年。 町外の仮設に住む人がそこが「住みよい町だ」と感じた場合、 南三陸に戻ってくるかどうか・・・。 町としては早期に災害公営を完成させて戻って頂きたい。 災害公営住宅は今、滑走路を走っている状況なのです。 あと1年で飛行機は飛びたちます。 そのあと入居されたかたがたの家から、いつか笑い声が聞こえてくるといいなと思うんです。 ~~~ 先日、南三陸町の佐藤仁町長に聞いたところ、住宅政策の遅れには 「相続登記をしてない土地がずいぶんあったことも大きかった」といいます。 「100坪ぐらいの土地に70人の権利者がいて全員からはんこをもらわなけれないけなかった」と。 やはり、大きな要因としてマンパワー不足は否めません。 しかし、現場では住民の気持ちを慮り、それを理由にする職員は多くはありません。 それ故、家族を故郷に残し,遠い被災地で激務に耐えている人々のことは、なかなか語られてこなかったのです。 それでも杉本さんらは、単に住宅の整備だけではなく、災害公営住宅に入居することでコミュニティから断絶しないよう、入居前に住民同士の顔合わせの機会を設けるなど、考えうる限りのことをやろうとしていました。 ~~~ 東日本大震災の復興支援のため岩手県大槌町に派遣されていた兵庫県宝塚市の45歳の職員は、土地区画整理事業などを担当していましたが2013年に仮設住宅で自ら命を絶ちました。 その後、民間企業の労災に相当する公務災害に認定されました。 ~~~ ただ、亡くなった職員は決して被災地を見放したわけではありません。 仮設の部屋に残された遺書には、こう書かれていたのです。 「大槌はすばらしい町です。 大槌がんばれ!!」 文化放送ウェンズデープレミアム 『シリーズ被災地の真実 震災から5年、南三陸は今』 放送日:2016年3月9日(水) 午後7時00分~8時00分 「被災地の真実 あれから5年 南三陸は今」 「モアイ」の「モ」は、イースター島のラパヌイ語で「未来」 「アイ」は「生きる」という意味です。 「未来に生きる」 それが彼らの呼び名です。 建造された理由は諸説ありますが イースター島では、いずれも海を背にして立っており 住民の皆さんを見守ってきたのかもしれません。 ~~~ 1960年に宮城県南三陸町を襲ったチリ地震津波をきっかけに友好を深めたチリから 2013年、東日本大震災に被災した南三陸の皆さんを勇気づけようと贈られたのがこのモアイです。 ~~~ 震災発生時から東北で取材をさせていただきましたが 翌年、小谷ディレクターと取材したのが南三陸町でした。 今回は、その時出会ったみなさんに再びお会いしました。 ~~~ 2012年に仮設住宅で取材に応じてくださったみなさんは 今もそのまま仮設住宅にお住まいでした。 住宅政策の遅れは、経済格差などを生み出し 人口流出などにもつながっています。 ~~~ その一方で、希望の種を探すのも今回の目的でした。 番組では「希望」という言葉を使っていますが 取材した感覚では「約束」という言葉に近い気がしました。 この町で暮らし続けることを選んだ皆さんの 「ともに幸せな未来を生きる」約束です。 ~~~ 仮設住宅で一緒におじいちゃんおばあちゃんの話を熱心に聴いている小谷ディレクター (最近お国言葉のヒアリングに長けてきた)の表情を見ていて思いました。 「リスナーさんにも、このコタツに一緒に入って話をゆっくり聴いていただきたい」と。 そんな気持ちでお聴きください。 ~~~ 文化放送ウェンズデープレミアム 『シリーズ被災地の真実 震災から5年、南三陸は今』 放送日:2016年3月9日(水) 午後7時00分~8時00分 劇団員女性殺害事件で画像公開 東京・中野区で去年8月、劇団員の加賀谷理沙さん(当時25歳)が殺害された事件。 未解決のまま間もなく半年となりますが、警視庁は今日、画像を公開しました。 まず、加賀谷さんが事件に巻き込まれる直前の去年8月25日午前0時半頃、 自宅近くのコンビニ店内で買い物をする姿。 (画像・警視庁提供) 加賀谷さんは、白と黒のボーダー柄のワンピースにピンクの半袖カーディガンを着ています。 いずれも事件後、なくなっています。 次に、この画像で加賀谷さんが背負っているとみられるリュックサック。 (画像・警視庁提供) リュックは縦およそ34cm、横およそ33cm、黒の合皮製で、 このリュックも事件後、なくなっています。 また、以前にも公開されたトートバッグ。 (画像・警視庁提供) 縦およそ40cm、横およそ38cm。 このトートバッグも事件後、なくなっています。 そして、こちらも加賀谷さん宅からなくなっている、イチゴ柄の布団カバー。 (画像・警視庁提供) チャック付きで、おそらく掛け布団カバーと思われますが、加賀谷さんは敷布団カバーとして 使っていたとみられるということです。 加賀谷さん宅からは、上記の衣服やリュック、トートバッグ、布団カバーなど 10数点がなくなっていて、犯人が持ち去ったとみられています。 情報提供は、警視庁中野署特別捜査本部、03-5342-0110 まで。 その頃、私は... ブルブルしながら JR気仙沼線の歌津駅に居ました。 あ、こんにちは のりかずのウラの方です。 気仙沼線の歌津駅、ホームは高台の上にあるのですが 駅舎は高台の下にあったので津波の被害にあいました。 で、今 JR気仙沼線はBRTで運行しているので BRT用の駅舎があるんです。 昼間は一時間に1本 他に、利用者がいれば 「どちらまで行かれるんですかぁ~?」 とか 「いつも使ってるんですかぁ~?」 とか 「電車からバス(BRT)に変わって何か違いますかぁ~?」 とかインタビューしたかったのですが 自転車はあるのに だ・れ・も・い・な・い しかーも、次のBRTが来るまで40分以上ある!! (その頃旨そうな丼を食べてる人がいる!!) 駅舎と言っても無人駅! もちろん売店も無い! 雪は降ってなかったけど寒い!! 『そっちどぉ?』とか電話かけてくる人がいる!!!(イラっ 独り淋しい思いをしていましたら 『まもなく、のぼり、前谷地行きがまいります。 (区間によって、線路があった場所を走っています) 取材は続きます。 丼ぶりも店主の目もキラキラしてた この「キラキラいくら丼」がたべられるのは 宮城県南三陸町『さんさん商店街』の「松原食堂」さん。 『さんさん商店街』は 震災から1年もしないうちにオープンした仮設商店街です。 復興をになう地元の事業者32店が軒を連ね、 連日多くの観光客でにぎわっています。 ツアーバスが停められる大きな駐車場もあります。 飲食店の共通メニューである「キラキラ丼」は目玉商品となり さんさん商店街を有名にするきっかけにもなりました。 「南三陸をもっと知ってもらおう」として、 町外や県外に向けた商品を展開しています。 ただし近隣の仮設住宅の人はあれは「観光客向けだ」といいます。 キラキラ丼というのは比較的高価な海鮮丼で 日常生活の買い物には必ずしも向いていないからです。 商店街側もそれはわかっています。 でも、わずかながら南三陸にきて定住してくれるひとが増えたり 町民とつながりを持つ人が増えたのも事実です。 「松原食堂」は 元々は志津川にあった歴史ある食堂でしたが 津波に流されてしまいました。 でも店主ら家族は歯を食いしばり、 プレハブの商店街で再び歩き始めたのです。 この店を4年ぶりに訪ねました。 南三陸には元々商店が集まった商店街がなかったため 復興商店街でやっていけるのか?当初は不安だったといいます。 しかし、互いに切磋琢磨することができたほか 違う業種のお店からも学ぶことが多かったといいます。 でも、店主はそっと話してくださいました。 キラキラ丼という目玉があったから 皆さん来てくださって商店街はもりあがった。 でも、かつて、毎日、日常の食事をしに 地元の皆さんが来てくださったことも忘れてはいないのです。 松原食堂には昔ながらのメニューも並んでいます。 松原食堂は、近く本設される商店街には参加せず、 商店街の近くに頑張って店を再建する予定です。 さんさん商店街も良かったけれど 今よりも広い店舗で 昔みたいに地元のみんなが来てくれる、 たくさんの人が集まれる店を作るんだと意気込んでいました。 階段 南三陸町志津川中学校の校庭に設置された仮設団地。 そこにいくための階段の途中で、息が切れました。 階段の上のプレハブに住んでいるのは、 ここが避難所だった時代から取材をしている80代のご夫婦です。 階段の下には海鮮丼で全国的に有名になった仮設商店街がありますが 老夫婦がこの階段を下りることはありません。 日常の食事にはならないからです。 頼みは別の車道から登ってくる移動販売車です。 おじいさんは言いました。 やっと来年の夏、災害公営住宅に引っ越せるんだ。 僕は聞き返しました。 「え?来年?」 被災地では復興事業の遅れから、 住民の高台や新たな住居への引っ越しに1年以上の「格差」が生まれているのです。 それはそのまま「経済格差」にもつながります。 南三陸を訪れた人は、この風景を見て、復興への工事が進んでいると思うことでしょう。 かさ上げ工事です。 もしかしたら、この巨大なピラミッドの上に町が造られるとお思いかもしれません。 でも、これは、山を切り崩した土を一時的に置いているだけ。 整地はもっと先の話です。 東京オリンピックをはじめ様々な理由で工事にかかわる人材や資材は不足し、 それらにかかるお金も高騰しています。 移転を待ちきれない人々は、故郷をあとにし、町の外に家を構える人々もいます。 人口の流出は深刻です。 父親と仕事を失いながらも残ることを決めた被災者の男性は、このピラミッドを見てこう言いました。 「私の思っていた復興とは違いました。 海も山も変わってしまった。 やむなく町を離れた皆さんは、この風景を見て、いつか故郷に帰りたいと思うでしょうか」 手分けをして取材をしたノリカズDが指摘しなければ、 僕はあれほど保存の可否をめぐって話題になった「防災庁舎」を見失うところでした。 ピラミッドの隙間で、まるで忘れられたかのように放置されています。 それでも希望はありました。 店を継いだ若者、放課後に集って未来を語り合う高校生 そして彼らを頼もしく思う大人たち。 未来への階段を、一歩一歩上り続けています。 夫をあの防災庁舎で亡くし、この春、子供が神奈川の大学に入学が決まった母親は 「子どもは、いつかこの町に帰りたいと言うけれど、 大学でいろんな人と出会い、自分の道を決めればいい」と語りました。 そして目を細めながら、 「この5年間は大人にとってはそれほどの変化がなかったかもしれないけれど 子供らにとっては驚くほど成長した5年間でした」とも。 お母さんは、このあとどうするのですか?と聞くと 笑ってこう答えてくれました。 私はずっとここにいます。 子供たちを待っています。 テント ご無沙汰をしてしまってますね。 のりかずのウラの方です。 東日本大震災からまもなく5年 先日、南三陸へ行ってきました。 2012年に、南三陸の取材をしているのですが 南三陸町の歌津地区の仮設住宅近くにある 「あづまーれ」と呼ばれているテント 今回、取材に行く前に 「4年前に伺った"あずまーれ"って... 」 と問い合わせたところ 『あー、まだありますし、みなさんもいますよー!是非来てくださーい!』 と明るい返事があり、伺ってきました。 このテント、学校の校長先生とかが運動会の時に 観覧席として使っているテントと同じモノです。 震災後に設置された"あづまーれ"と呼ばれるこのテント 何をする場所かと言うと... はい、カフェなんです。 2012年に伺った時と変わった事は ・雨風避けのシートで覆われた ・利用者が多少減った と言う感じで、5年近くこのテントは変わりなく カフェあづまーれとして稼動していました。 このカフェ、仮設住宅に住んでいる皆さんが集う場所で、 みなさんマイカップを持ってやってきて、和やかにお話を されていました。 2012年の時点ではこのテントいっぱいに人が来ていて 外部からの支援もあり、マイカップが無くてもお茶は飲めていたのですが 支援も少なくなり、マイカップを持ってこなければならないそうでしたが 代わる代わる仮設住宅からおばあちゃんおじいちゃんが集まっていました。 取材についての事は、また後日放送やこちらでお話しますが あづまーれに来ていた、おばあちゃんやおじいちゃんが 『お兄ちゃん何処から来たの~?東京??この前の雪大変だったね~大丈夫だった?』 とか 『お兄ちゃん前にも来てくれたよね~』 とか 『お!文化放送!!えーと、なんだっけ... 夜中に聞いてるぞ!!』 とか 超フレンドリー&超親切に接してくれて 東北人の寛大さと言うか強さを改めて実感。 あづまーれ以外でも今回の南三陸取材で東北人の強さを感じたのですが 今日はこの辺で。 2025年問題 「2025年問題」をご存知ですか? 団塊の世代の皆さんが全員75歳以上の後期高齢者となるのが「2025年問題」 日本は5人に1人が75歳以上という、かつてない高齢社会を迎えます。 これに対して全国の病院にあるベッドは約158万床です。 その差は僅か31万。 この死亡者の数と病院のベッドの数の差は 今後10年でほぼ「0」になると予想されています。 「病院で一生を終える人でベッドが埋まってしまう」恐れがあるのです。 果たして国の財政が持つのか?という話になってきます。 そうなってくると「在宅医療」という選択肢も大切になってくるわけです。 在宅医療を進めたい厚生労働省は当初、在宅診療に高い診療点数を設定しました。 しかし『高齢者用の集合住宅を運営する会社と医師が契約し、 医師が一度に何人もの高齢者を診療した報酬を運営会社にバックする「患者紹介ビジネス」』が 横行するようになりました。 必要もない患者さんのところにも訪問をする事態が起きていたのです。 このため同一の建物で診療した場合の診療報酬などを4分の1に減らした経緯があります。 お金さえ配れば思惑通りに物事が進む、というわけでもないのです。 小澤先生は在宅医療に取り組む人材がもっと必要だと考え、 2013年からクリニックでの人材育成に取り組んできました。 ただ、各地域での連携が欠かせないということもあり、 もっともっと医師や看護、介護関係の仲間を増やすために 一般社団法人「エンドオブライフ・ケア協会」を設立して活動範囲を全国に広げています。 在宅医療の環境整備は、すでに時間との競争になっています。 銃器対策部隊も参加 年始恒例の警視庁「年頭部隊出動訓練」。 今年も神宮外苑絵画館前で今朝、行われました。 機動隊を先頭に、女性警察官部隊や警察犬部隊など、およそ2800人と およそ150台の車両が行進しました。 今年もまた逆光ですねー。 逆光サイドに位置するのは分かってたものの、 今朝は「雲が多め」と天気予報で言ってたので、うまく撮れるかもと思ったのですが・・・。 2020年の東京オリンピック・パラリンピックなどを見据えたテロ対策の一環として、 今年は銃器対策部隊も初めて参加しました。 そして何より、今年は5月の伊勢志摩サミット。 高橋清孝・警視総監は訓示で、 「極めて厳しい国際テロ情勢の中で開催され、日本警察の真価が問われる重要な警備となる。 全国警察のリーダーとして役割を果たさなければならない」と述べました。 今年は新国立競技場の建設計画の見直しで工事が遅れたため、例年通り絵画館前で行われましたが、 来年の年頭部隊出動訓練は、別の場所になるんでしょうね。 終わらないニュース 今年一年をふりかえる番組『マイクの1年』を作っていると、毎年のことながら「忘れていたニュース」に気づかされます。 いずれのニュースも「当事者にとってはまだ終わっていないのだ、」と心に留め置かなければいけないと思います。 ~~~ 取材した音を聴いていますと、文字に起こせない音の大切さに気が付きます。 例えば、ため息交じりの告白とか、次の言葉が選べずに躊躇している「間」とか、怒りに震える声とか、決断の前の深く息を吸い込む気配とか。 ラジオには画像はありませんが、そういう部分もきちんと伝わればいいなと思います。 本年もお聴きいただきありがとうございました。 どうぞよい年をお迎えください。 文化放送ではAM1134、FM91. 6でお楽しみください。 新国立競技場の採用案決まる 2020年東京五輪・パラリンピックのメーンスタジアムとなる新国立競技場の新たな建設計画を担う設計・施工業者の選定で、政府は22日、ふたつの応募案から建築家の隈研吾さんが手掛けたA案の採用を決めました。 画像は記者会見で説明する隈さんです。 建設財源は、総工費の上限1550億円に関連経費などを加えた約1581億円のうち、国が2分の1、都とスポーツ振興くじで4分の1ずつを負担することで合意しています。 記者会見で完成イメージ図を見たのですが、五重の塔などに用いられる「垂木」をイメージさせるひさしが特徴。 国産の木材が使われています。 建設コストはともかく、木材の多様は維持費にどう影響するのかなと思いました。 その会見の夜、宮城県南三陸町の仮設住宅に住むかたとお話ししました。 以前から継続して状況を伺っている農家のかたです。 宮城県内では、仮設を出た後の住宅の再建計画が決まっていない世帯が 3297世帯に上っています。 (10月末現在、宮城県調べ) 事情は様々ですが、住民のかたによれば住宅の再建や修理などに踏み切らない理由のひとつに「オリンピック」がありました。 建設資材など住宅に係る費用がオリンピックの影響で高騰しており、それが落ち着くのを待っているというのです。 ただし、生活再建支援金・加算支援金を申請できる期間は平成30年4月10日まで。 また、もともとのルールでは2年間使用となっていたプレハブの仮設住宅もまもなく震災から5年を迎え、傷みも激しくなっています。 ですからどのタイミングで住宅再建に踏み切るのかが難しくなっています。 被災者のかたは「五輪の盛り上がりに水を差すつもりはないけんど」と前置きしながらも 「オリンピックを日本でやるのは、もう少し先でもよかったんじゃないかなという声も聴くんだよね」と話してくださいました。 昭和5年生まれの野坂さんの享年は85歳。 10代前半の壮絶な戦争体験は「火垂るの墓」に象徴 される数多の小説やエッセイに描かれ、一貫して戦争の愚と暴走する権力への批判を 発信し続けた作家でした。 私事ではありますが、迅英の父も今年9月に亡くなりました。 父は昭和3年生まれでしたから ほぼ野坂さんと同年代、享年は86歳、父からも戦争体験を随分聞かせてもらいました。 ~空襲の話、疎開の話、戦地で死んだ先輩や友人の話、ひもじかった終戦直後の話~などなど。 戦後70年。 10代で終戦を迎えた方は野坂さん然り父然り、皆さん80代です。 残念ですが、 戦争体験を直にお聞きできる機会は時間の経過とともに少なくなってきます。 では、はたして戦争体験世代の次世代たる私たちはさらに次の世代に、父や野坂さんが 残してくれた「命掛けの体験談」を語り継ぐことができるのだろうか? 青山からの帰り道、考えさせられた。 覚せい剤14億円分を密輸 覚せい剤をスーツケースに入れてウガンダから密輸したとして ウガンダ国籍の45歳の男が覚せい剤取締法違反などの疑いで警視庁に逮捕されました。 押収量は、なんと20キロ。 末端価格およそ14億円相当です。 写真の白色の結晶は覚せい剤。 男はこれを透明のビニール袋に入れ、それを2袋ずつ、 今度はコーヒーの袋に詰めます。 さらにそれを3~4個ずつ、緑色のレジ袋のようなものに入れ、 スーツケースに敷き詰めていたそうです。 コーヒー袋の数は25個。 男は、緑色の袋を隠すように、上から衣類を入れていたということです。 が、羽田空港の税関職員がこれに気づき、現行犯逮捕となりました。 コーヒー袋には、それぞれ800~900グラムずつ覚せい剤が入れられていたわけですから、 重さでまず気付かれると思わなかったのでしょうかね。 ちなみに、覚せい剤20キロというのは、手荷物での持ち込みによる密輸では 過去最大量ということです。 従来のAM放送と全く同じ内容で、 周波数は91. 6MHZです。 従来品のラジオだとFMは90MHZまでの周波数しか受信できないものが 多いようですが、最近発売されたラジオは108MHZまで受信が可能なものが主流です。 通称は【ワイドFM】 ほぼ関東一円で受信が可能な放送になります。 文化放送をぜひFMラジオでもお聴きください。 ちなみに周波数の91. 6MHZは語呂合わせで『キュー・イチ・ロー』と覚えて下さい。 キューイチローなるゆるキャラもデビューをしています。 GREAT! 東京モーターショー2015 東京モーターショーのプレスデーに取材に行ってきました。 今回は、各メーカーが自動運転の最新技術を発表しており、試乗もできます。 自動運転の開発が進む背景には「政府の後押し」があり、 自動車業界は2020年ごろの実用化を目指しています。 「自動で縦列駐車してくれる車」に乗ってみたのですが まるで透明人間が運転してくれているみたいで、その技術には驚きました。 これなら、若者からお年寄りまで、安心して乗れるだろうとは思いました。 ただ、実用化にあたっては、道路交通法を大幅に変える必要がありますし、 もし事故が起きたら誰の責任になるのかという問題もあります。 そのあたりも合わせて検討しなければなりません。 さて、近年、往年の名車のコンセプトを引き継ぐスポーツカーが相次いで発表されていますが、 今回は、それがさらに顕著です。 たとえばトヨタの「S-FR」。 「ヨタハチ」こと、トヨタスポーツ800の再来とも言われる小型のスポーツカーです。 (でも、「ヨタハチ」というよりは「ハコフグ」っぽい) トヨタの最近のスポーツカーと言えば若者を狙った「86」がありますが、 「86」は、想定よりも上の年代に多く購入されたこともあり、 「S-FR」は、車重も価格も軽めになるようです。 マツダも、ファン待望のロータリーエンジンを復活させた 「マツダ スポーツ コンセプト」を発表しました。 1960年代の名車「コスモスポーツ」とともに展示しています。 販売間近の車でも、ホンダ新型NSXなど、スポーツカーの再来が目立ちます。 1960年代にトヨタ2000GTの開発にかかわったヤマハ発動機もスポーツカーを発表し、 国内9社目の自動車メーカーとなるのか注目されます。 うっかり見てくるのを忘れました。 このように各メーカーは、走りそのものの楽しさを知ってもらうことで 若者の車離れを食い止めようとしています。 ただ、かっちょいいスポーツカーを開発すれば、それで若者が帰ってくるのでしょうか? 自分自身を振り返ってみれば、車を好きになったのは 「車好きだった父」の影響が大きい気がします。 親、兄貴、先輩、友人... 「車の魅力を知っている人」の車に同乗し、思い出を共有するのが 車が好きになる近道のように思います。 生まれて初めて乗った車、免許を取って最初に乗った車、初めて誰かを乗せた車 最初に手放した車を覚えていますか。 車は単なる移動手段ではありません。 必ず思い出とともにあります。 今回の展示では、過去の名車のスピリットを受け継いだ車が多いのですが、 それは単なるレトロ趣味なのではなく、 その車が愛された時代への、憧憬も込められているのではないかと思いました。 成功した人は失敗した人 今年のノーベル医学生理学賞に決まった大村智・北里大特別栄誉教授さん。 大村さんは1974年、静岡県伊東市の土に含まれていた細菌の一種から 抗寄生虫薬「イベルメクチン」の元となる物質を見つけました。 イベルメクチンは、オンコセルカ症(河川盲目症)や リンパ系フィラリアなどに劇的な効果を発揮し、 主に熱帯地方で多くの人を救っています。 ~~~ 今回の受賞はその成果を称えるだけではなく、 「発展途上国に蔓延する伝染病の治療薬開発にもっと目を向けるべきだ!」 というメッセージも込められているのかもしれません。 薬を開発するのに、製薬会社は巨額の投資をしますが こうした病気が蔓延する地域は貧困にあえいでおり薬を買うのも難しい状況なので 結果として、なかなか開発が進みません。 一種の悪循環と言えるでしょう ~~~ しかし、大村さんは 「とにかく『科学者は人のためにならなければだめだ』と言われてきた。 人のために少しでも役に立つことは何かと考えてきた」と語ります。 そして土探しのため、今も財布に小さいポリ袋を入れて持ち歩いているといいます。 ~~~ 横浜で開かれた大村さんの講演を聞いた製薬関係者のかたや薬剤師さんは 嬉しそうにこう語ってくださいました。 「薬の開発では、私たちの仲間の研究者が自然界から気の遠くなるような量のサンプルを採取して、 ほんのわずかな薬のもととなる物質を探し続けています。 地道な努力が実を結び、世界中の人の治療に役立っています。 そうした成果と努力が認められたことがうれしいのです」 ~~~ 大村さんは記者会見で若い世代に向け、 こんなメッセージをくださいました。 「成功した人は失敗を言わないですよ。 でも人より倍も3倍も失敗している。 だから1回失敗したからってどうってことないよ。 これは交通事故全体の32.4%を占めていて、 このうち自転車側に何らかの違反があった場合が半数を超えているそうです。 そこで、交通ルールを指導したり、ヘルメットの着用など自転車の安全利用を呼びかける 「自転車安全利用指導啓発隊」が、警視庁内に発足しました。 啓発隊は、隊長以下14名。 すべて交通部の警察官で構成されています。 専用自転車のクロスバイクに乗り、ヘルメットを着用。 専用ウエアか制服で活動するとのことです。 警視庁では、交通事故による年間死者数を150人未満に抑える 「チャレンジ・アンダー150(いちごーまる)」をスローガンに掲げています。 町イチ! 村イチ! 全国の町や村が一堂に会し、特産品や郷土芸能、観光資源などを 都会の人たちにアピールするイベント、「町イチ! 村イチ! 2015」が 東京・有楽町の東京国際フォーラムで開催されています。 第3回を迎える今回は、日本全国の3分の1以上にあたる およそ330の町と村が参加。 会場には、特産品の展示・販売コーナーのほか、 地元の食材を使った郷土料理の食堂などが並び、 ステージではご当地キャラも続々登場しています。 初日の今日は、宮崎県高千穂町の、「高千穂の夜神楽」も披露されました。 このほか、移住・定住相談コーナーや とれたての野菜、果物を販売するマルシェもあります。 あす23日(水・祝)も、午前10時~17時まで開催されます。 Give Peace a Chance 免許証入れを掃除していましたら、緑青にまみれたスーベニア・メダルが出てきました。 コインを販売機に入れると、そのコインがぺちゃんこにプレスされてメッセージが刻まれるアレです。 ~~~ 今から10数年前、仕事でニューヨークに行ったときにつくったものです。 仕事が終わった後、僕はジョン・レノンが撃たれた現場「ダコタハウス」前に立ちました。 ジョンが、愛するオノ・ヨーコさんと暮らした自宅アパートです。 ただ、その現場には事件について何の痕跡も見つけられず、モニュメントも無く、 あまりにもあっさりしていて、意外に思ったものです。 ジョンのアルバムを聴きながら、僕は高層ビルにのぼり 文字通りの「おのぼりさん」としてこのメダルを刻みました。 眼下に広がるマンハッタンの街を今でも鮮やかに思い出せます。 ~~~ ジョン・レノンというと無暗に平和を唱える「仙人みたいなオジサン」と思っているかたもいるかもしれません。 でも、どんなことを歌っているのかご存知ですか?少し引用してみます。 ~~~ 「平和をわれらに」では、こう歌っています。 「いろんな主義の人がいるよね。 異なる主義 異なる主張、異なる宗教・・・ だけど結局のところ、そんな僕らが求めているのは『平和をよこせ』ってことだけなんだ」 また、「イマジン」の歌詞はこうです。 「僕のことを夢見がちなヤツだと君は言うかもしれないね。 でも、この夢を見ているのは僕だけじゃないはずさ」 「夢」は必ず叶うとは限りませんが、諦めたとたんに可能性は0になります。 それは少し、「平和」に似ているような気がします。 ~~~ ところが、ジョン自ら「夢」を否定している歌があります。 それは「GOD」という曲。 『God is a Concept by which we measure our pain』 「神様なんて、痛みを測る概念に過ぎない」 『I just believe in me Yoko and me』 「僕は僕自身(と妻)だけを信じる」 ジョンは宗教を否定しているのではなく、 「権力者や思想家、アーティスト等を盲信せず、世論に流されず 自分自身を信じて物事を考えるんだ」と歌っているのです。 この歌には一度も「平和」や「戦争」という言葉は出てきませんが これもまたSNSが発達した今、大切なメッセージに思えてきます。 ジョンはこう続けます。 and that reality. The dream is over』 ~~~ 安保関連法が成立した日、タクシーの運転手さんが怒っていました。 『お客様の前に乗せた若者のグループが、国会前の集会を見ながら笑うんですよ。 〜俺ら金持ってるから戦争行かなくていいし〜って』 『どういう意味です?それ』 『経済的徴兵制 経済的事情から自衛隊に入隊する人が増える状況 のことを言っているみたいで。 私どれだけ彼らに言いたいことがあったか』 ~~~ 安保関連法では、政治家が、私たちの命にかかわることを決定したり承認することになります。 主義主張はどうあれ、有権者としてそこだけは忘れずにいたいものです。 18歳に選挙権年齢が引き下げられた今、これからは若者自身も 「自分のこと」として戦争や平和について考えることになるでしょう。 and that reality. The dream is over. ~~~ 緑青にまみれたメダルをつくったあの高層ビル。 今から思えばあれはNY世界貿易センターでした。 もしジョンが生きていたら、僕らにどんなメッセージを届けてくれたでしょうか。 世田谷一家殺害事件 東京・世田谷区の住宅で、宮沢みきおさん一家4人が殺害された事件から 今年で15年となるのを前に、警視庁はきょう、 これまでの捜査で判明した情報をまとめたものを、ホームページで公開しました。 日本語のほか、英語、韓国語、中国語でも掲載されています。 犯人が着ていたものと同じ型のトレーナーを販売していた全国の店舗の一覧表や、 事件の百箇日目に現場近くに置かれていたお地蔵様などを掲載。 また、当時の記憶を思い出してもらうため、事件発生前後の新聞の番組欄、 その年の主な国内の出来事、流行語なども掲載されています。 元々は内部資料としてまとめたもので、今後は情報誌の形にして 捜査の際や行事などで一般にも配布するということです。 捜査幹部は、 「月日がたったからこそ言えることがあるかもしれない。 どんな情報でも良いので寄せてほしい」と話しています。 情報提供は、警視庁・成城警察署特別捜査本部 03-3482-0110 まで。 有権者は18歳 少し前の話になりますが、 先月、国会内で高校生100人と国会議員らが議論しあう催しがありました。 この催しを取材するのは二回目なのですが、今回は特別な意味がありました。 それは選挙権年齢が18歳に引き下げられることが決まってから 初めての開催だということです。 それもあってか 与野党の幹部のあいさつも「有権者」としての高校生を意識したものでした。 興味深かったのは、与野党の何人かの幹部が 自らの政策を宣伝するのかと思いきや、 『もちろん私たちは自分の政策に自信を持っていますが 皆さんは私たちの言うことも疑ってください』と話したことでした。 互いに政策を主張し、批判しあっている議員らが、 この場では大人として「自分で考えることの大切さ」を説いたのです。 18歳に選挙権年齢が引き下げられるにあたり 「学校で政治をどう教えるか」が課題になると言われています。 でも、世の中の人がどのように働き、どのように暮らし、 何に困っていて、何を求めているのかを知ることも、 選挙で投票するためには大切なことなのではないかと思います。 これらは教室にいるだけでは知ることができません。 10代から、できるだけ様々な立場の人と 実際に触れ合う機会を持つことが必要なのではないかと思いました。 その上で、自分で考える力を身に着けることが大切なのかなとも。 ・・・あ、でも大人の自分もできていなかったりして。 大雨特別警報 9月10日、気象庁が茨城県と栃木県に大雨特別刑法を発令。 直ちに鬼怒川の水が溢れた茨城県常総市の若宮戸へ向けて出発。 しかし・・・現場が近づくに連れ、渋滞が激しく車が前に進めない状況に。 道路があちらこちらで冠水のため通行止めになり、県内の鬼怒川にかかる橋が すべて通行不可になった。 行き先を変更し、石下地区へと向かう。 昼、雨は上がったものの、水かさは増える一方。 わずか10分ほどで20センチくらい水位があがり、 車が次々と水没。 道路は封鎖となっていく。 見えていた地面もあっという間に見えなくなり、我々も直ちに避難するよう指示を受ける。 田畑も水没。 稲の穂先も完全に水に浸かってしまい、まるで大きな湖の中にいるかのような景色が広がる。 警察、レスキュー、ボートをつんだ自衛隊の車両が次々、現場にむかい、 救助活動が行われた。 警察によると、救助要請がひっきりなしに入っているという。 現場近くで、救助されたばかりの男性と遭遇。 わずか10分ほどの間にトラックの窓のところまで水が上がり、車の屋根に避難。 2時間後にボートで救出されたあと、トラックは水で流されていったという。 間一髪の救助。 「自然の怖さを思い知らされた」と語った男性の言葉が耳にこびりついている。 ご当地キャラ、大臣を囲む。 いやー。 生まれて初めて、「ご当地キャラの声を録音する」という取材をしてきました。 11月5日は「津波防災の日」なんです、ご存知でしたか? 大きな地震が起きたら、津波に備えてすぐに高台へ逃げること、 家族とは、あらかじめ逃げる場所を決めておくこと、など 日ごろから津波に対する防災意識を持っておくことって大切なんですよね。 やってらっしゃいますか? 津波防災への取り組みを多くの人に知ってもらおう、つーことで、 各地のご当地キャラクター達が「津波防災ひろめ隊」を結成しました! ふなっしーやくまモンたちが今日、山谷防災担当大臣のもとを訪れ、お披露目会が行われましたー! ご当地キャラが大臣を囲む絵、はいどーん。 左から、しんじょう君、ちっちゃいおっさん、ふなっしー、山谷大臣、くまモン、きいちゃん。 津波防災のポーズ、つーのも披露されました。 はいどーん。 "急いで、高い所へ"を表現!(ちっちゃいおっさんは腕が上がらないと嘆きながらの撮影でしたw) 津波への備えの大切さを改めて痛感したと同時に・・・・・ちっちゃいおっさんとふなっしーの掛け合いトークが面白いことを実感w。 漫才のようでしたよ。 「津波防災ひろめ隊」のご当地キャラクターたちは、これから避難訓練にあわせて開催されるイベントに参加したり、ブログなどで津波防災の取り組みを紹介したりするということですよー。 ちょっと空気が真夏の感じと違ってきましたが、まだまだ暑い毎日。 体調など、大丈夫ですか? ニュースパレードで毎日お送りしている、夏企画。 今年のテーマは「戦後70年~戦争を風化させないために」。 21日(金)放送分の夏企画を担当させて頂きました。 この方のお話を聞きたいっ! とマイクを持ってお邪魔したお相手は、高見のっぽさん。 そうです、あのこども番組「できるかな」の、のっぽさんです。 こどもの頃、大好きな番組でした... のっぽさんのマネをして、段ボールでいろいろ作ったりしたもんでした... その、のっぽさん。 のっぽさんが7歳のときに戦争が始まりました。 戦争が始まったときのこと、疎開先のエピソード、お兄さんのこと・・・ 「できるかな」ではずっと言葉を発することのなかったのっぽさんが話す、戦争のこと。 お時間あらばぜひ、お耳になさってみて下さい。 特設サイトは 風々吹くな~日航ジャンボ機墜落事故から30年 2015年8月12日。 御巣鷹の尾根に、日本航空123便が激突してから30年となりました。 今年も、ご遺族や日本航空の関係者らが慰霊のための登山を行いました。 急な斜面には「足場」として材木が並べられたほか、 工事作業車専用だった道路も解放されて途中までは車で行けるようにはなりました。 しかし高低差180メートルの急な山道は、決して楽ではありません。 恥ずかしながら私も何度か足を休め山頂を見上げました。 斜面には数えきれぬほどの墓標やお地蔵さんが佇んでいました。 30年の間にはご遺族もお歳を重ねられ、お子様を亡くされたお父さんお母さんも80代のかたが目立ちます。 登山口に用意された杖にすがるように、息も絶え絶えに登られます。 愛おしそうに小さなお地蔵さんの頬を両手で包んだ80代の女性は「もうこれで最後かもしれないね」と語りかけました。 「昇魂之碑」周辺にたどり着けば、小さな広場が整備されています。 午前10時半、ご遺族のみなさんはここで「安全の鐘」を鳴らし、子どもたちが空に向けてシャボン玉を飛ばしました。 「風々吹くな、シャボン玉飛ばそ」とても穏やかな光景です。 でも、この歌詞は悲しすぎます。 娘さんを亡くされた81歳のお母さんが思い出すのは、ここが臨時のヘリポートであった時の光景です。 ここは機体の機首部分が激突た跡地です。 お母さんはここから南東の方向に目をやりました。 遥か向かいの山の稜線が一部だけ凹んでいるのがわかります。 真横になって突っ込んできたジャンボの、右の主翼が削り取ったあとです。 乗務員は最後まで、垂直尾翼を失った機体を立て直そうとしていました。 当時正確な墜落時間が判明するまでに16時間。 お母さんは「娘には外傷がほとんど見られませんでした。 ですから早く救出されていれば助かったかもしれないと思ってしまいます」と打ち明けました。 今、ここにいないのと同じだけの確かさで、娘さんはあの日「行ってきます」と出て行ったのです。 ~~~ 尾根の登山道等を管理し続けている黒沢完一さん(72歳)は遺族の高齢化とともに追悼施設を訪れる人が減ってきたと教えてくださいました。 あの時、捜索や救出に村を挙げて協力した上野村の人口も半分ほどになったといいます。 ただ、その一方で祈りを捧げる人たちの中には、日航機事故だけでなく、鉄道やバスの事故、震災で命を失った人たちの遺族の姿も見られるようになりました。 ~~~ 日航機事故の遺族会(8. 12連絡会)の皆さんは、これまでの30年間、ただ打ちひしがれるだけではなく自ら調査研究活動も行い、公共輸送事業者に対して抜本的な安全対策を要求してきました。 そうした姿勢に共鳴して、ほかの事件事故の遺族同士の交流も深まっているのです。 この日も東日本大震災の津波で息子さんを亡くされた紫桃隆洋さんにお会いしました。 「命の大切さを語り継ぎ、声を上げ続けることが、公共交通や学校の安全意識を変えると思います」と話しました。 9歳だった健君を亡くした8. 12連絡会の美谷島邦子さんは言います。 「失われた命を生かしたいのです」 ~~~ この事故では事故の関係者20人が書類送検されるも全員が不起訴になり、責任の所在は曖昧なままとなりました。 私がかつて群馬県警の担当記者だったころ、膨大な資料を広げ「後世に残る捜査をしようと思った」と話してくださった当時の担当警察官も亡くなりました。 ~~~ 慰霊碑に献花した日本航空の植木社長の囲み取材で、日航の広報担当者が「もう質問はありませんね」と切り上げようとした時、最後に質問をぶつけてみました。 「社長はあの日のことをどのように覚えているのですか?」 一瞬、不意を突かれたような表情になった社長は遠い目をして答えました。 「事故の翌日、私は副機長としてフライトしなければなりませんでした。 事故のショックで操縦席に座ってからも動揺を隠せず足が震えました。 しかし、隣に座る機長を見ると、いつもと変わらず凛とした表情で乗務していました。 その時、どんな状況でも安全を守り抜く機長になろうと決意しました」 ~~~ 日航内でも社員の9割以上が事故後の入社です。 新入社員に至っては生まれる前の事故になりました。 安全への誓いを若い世代にどう伝えるのか、その重要性が益々高まっています。 久々の更新になってしまいました。 こんにちワ、ウラ・のりかずです。 猛暑日は終わった感はありますが まだまだ残暑が、、、 ちょっと涼しいネタ(?)を えー、先日ですが鳥取と島根の合区の取材......... ではなく、母方の実家のある鳥取県米子市へ ちょっと行ってきました。 仕事が終わって、20時過ぎの羽田発米子行の飛行機に乗り 米子鬼太郎空港に到着したのが21時半前。 空港の前から米子駅行きのバスも出てるのですが 『JR境線は鬼太郎列車が走ってる』と言うのがキニナル! よし、電車移動にしてみよう!! で、米子空港駅へ く、暗い... 、飛行機の乗客でこの駅に来たのは私だけ、、、 どうやら乗客みなさんバスかタクシー等で移動された模様。 単線の無人駅で、一人は心細かったです。。。 電車を待つコト20分強 あ、来た! 暗闇から、こいつは... わ゛ーーーーーっ!!! め、目玉おやじ仕様!!!!! 暗闇で見るとちょっと怖いです! で、乗車したら。。。。。。。 一応、乗客は数名居たのですが、関東で平日の22時前に 電車がガラガラってコトは無いですし、初めて乗ったので このシートは更にビビりました(笑)。 ちなみに天井も... 写真を撮り忘れたのですが、到着した米子駅 『0番ホーム』というホームでした! アナウンスに鬼太郎やねこ娘の声があったりと 乗っててちょっと面白いとも感じました。 私が乗車したのは"目玉おやじ"仕様でしたが 他にも何種類かあるそうです。 夏休みに米子鬼太郎空港へ行く!とか ちょっとキニナル!と言うリスナーさん!! 米子に行くとき、乗ってみてはどうでしょう? フリースクールに通っていても義務教育と見なせるか。 不登校になった子どもたちの学習指導や教育相談を行っている民間の施設「フリースクール」。 不登校の小中学生は12万人近くに上っており、このうち約4000人が全国に約400あるとみられるフリースクールに通っています。 ~~~ ところが、こうしたフリースクール。 「スクール」と名前についてはいますが。 法的には「学校」とは認められていないのです。 本来だったら義務教育を受けるべき小中学生が通っているのに法的には「学校」と認められていない・・・。 このために公的な経済支援が受けられなかったり「元の学校長が認可しなければ義務教育を卒業した資格が得られない」状況にあります。 ~~~ こうした問題を解消するため、今、自民・公明・民主・維新・共産・社民の国会議員で作る「超党派フリースクール等議員連盟」が新しい法律「多様な教育機会確保法案」を提出しようとしています。 (画像参照) 子どもが不登校になった場合、保護者が「個別学習計画」を作成して市町村の教育委員会に申請します。 そこでもし認定されれば、子どもは教育委員会の職員などから学習面の支援を受けながらフリースクールなどで教育を受けることができます。 これによって保護者は義務教育の就学義務を果たしたと見なすというものです。 ~~~ ところが。 歓迎する声がある一方で、フリースクールの創設者の一人はこの法律の仕組みに疑問を呈します。 問題なのは、親が提出した子供の教育計画をもとに「教育委員会がそれを認める」ことが条件になっている点です。 不登校になった子は、学校にいけなくなっている期間がある程度長いために「ごく基本的な掛け算」なども、できなくなっているケースが少なくありません。 その場合、たとえば学習指導要領などをもとに一律の合格基準をつくってしまうと基準をクリアできない子供が出る懸念があるというのです。 そして「この法案は、教育委員会などが、今まで自分たちの目や手の届かないところにあったフリースクールを自分たちが影響できる枠内に取り込もうとしているに過ぎない」と主張します。 実は、こうした考え方は、フリースクールの関係者の間でよく聞かれました。 こうした懸念に対し、法案作成チームの馳浩議員は「フリースクール関係者」を含む専門家が参加して子供ひとりひとりの状況に合わせて判断をするため「上が決めた一律の基準で切り捨てる」という懸念は誤解だと言います。 ~~~ また、フリースクールの関係者からは公的な経済支援をどのように行うのかについても懸念が出ています。 「大手教育産業などの参入が加速化するやりかただと、親などが協力してやってきたフリースクールが淘汰されたり、進学率を競うようになって、本来の目的からかけ離れたものになる恐れがある」というものです。 このため子供一人一人に金券を配り、自分にあった学校にそれを支払って通学する「バウチャー制度」が検討されています。 ~~~ フリースクールはその名の通り、子どもが無理せず、自由に学べる場だからこそ学校に通えない子供の受け皿になってきました。 フリースクールがフリースクールである理由を失わないような制度設計が必要だと思います。 警視総監が交代 警視庁のトップ、警視総監。 きょう付で第92代警視総監に高橋清孝(たかはし・きよたか)氏が就任、 高綱直良(たかつな・なおよし)前総監から事務引き継ぎを受けました。 高橋・新総監は、これまで警視庁の警備部長や警察庁の警備局長を歴任。 北海道警本部長の時には、洞爺湖サミットの警備を指揮するなど 警備・危機管理のスペシャリストと言われています。 座右の銘は、「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きる資格がない」。 就任会見で高橋・新総監は、「強さと優しさを兼ね備えた警視庁を体現し、 期待と信頼に応えたい」と抱負を述べました。 今後は、来年の伊勢志摩サミットと、開幕まで5年を切った 東京オリンピック・パラリンピックの警備体制づくりにも 取り組むことになります。 八王子スーパーの現場模型を公開 東京・八王子市にあったスーパー「ナンペイ大和田店」で アルバイトの女子高校生2人とパート従業員の女性が射殺された強盗殺人事件。 今月30日で発生から20年となるのを前に、警視庁はきょう、 現場となったスーパーを3Dプリンターで再現した模型を公開しました。 スーパーは1階部分。 2階に現場となった事務所がありましたが、 2階には外階段を使わないと行けない構造になっていました。 つまり、レジを閉めた後は、外階段を通って売上金を事務所まで運んでいたとのことです。 建物全体の3D模型は、実寸の70分の1、事務所は28分の1。 科捜研が、現場の写真を元に数値化し、石こう粉末に接着剤を混ぜたものを 吹き付けて作製したとのことです。 事務所内の時計は事件が起きたとみられる午後9時20分頃を示しているほか、 斜めに傾いた冷蔵庫など、事件直後の現場の状況が詳細に再現されています。 スーパーはすでに取り壊されて駐車場になっていることから、 捜査員や関係者の「記憶を喚起させ、情報を寄せて欲しい」とのことです。 情報提供は、警視庁八王子署捜査本部、直通電話 042(646)4240まで。 いよいよ「夏企画」がスタート! いやー、関東甲信地方が梅雨明けしましたねぇ。 毎日ものっすごく暑いですが、お身体、大丈夫ですか? こまめに水分を摂って、熱中症にならないようにお互い気を付けていきませう~! やってきた夏! 夏といえば、毎年恒例、「ニュースパレード夏企画!」!! いよいよ22日(水)からスタートします! 全国32局が、テーマに沿ったレポートをお送りします。 今年のテーマは、「戦後70年~戦争を風化させないために」 ただ今、各局さんから続々とレポートが届いています。 私も取材する予定、さてさてどんな話題を取り上げましょう・・・。 様々な角度から捉えた"戦後70年"、是非お耳になさって下さい! 詳しくは ほーてーがっ! やー。 昨日くにまるジャパンに記者として初めてお邪魔しました。 何とも不思議な気分でしたなぁ・・・懐かしいスタジオ。 くにまるレポーターズでお話した話題は「法廷画」。 裁判の模様や被告人の表情などを教えてくれる絵のことです。 私が初めて裁判のレポートを担当した時に隣の傍聴席に座っていたのが、法廷画家さん。 その手際の良さと絵の見事さに釘づけになりそうだったんですよ。 てことで、その法廷画家さんにお話を伺いました。 伺ったのは、フジテレビのニュースで法廷画を担当されている、石井克昌さん。 法廷画家歴25年目というベテランさんです。 法廷画を描くために法廷内にいる時間は、長くて15分。 速報に至っては1分で描くのだそう。 アウトラインだけなら何と15秒で描けるそうです!ひえ~っ! 被告人だけが放っている雰囲気を、いかに絵で伝えられるかを考えて描いていらっしゃるそうです。 顔が薄い人は描きにくく、女性より男性のほうが描きやすいとのこと。 職業で描きやすいのは、送検後も変化する人が殆どいないという、政治家だそうです。 警視庁によりますと、今江容疑者が去年夏、昆虫愛好家の集まりで テナガコガネを購入して繁殖、増えたものをインターネットオークションに出品し、 神鳥容疑者が落札したということです。 テナガコガネは中国やチベットなどに分布する昆虫ですが、 日本では天然記念物の在来種「ヤンバルテナガコガネ」を保護するため 2006年2月に特定外来生物に指定されました。 今江容疑者は、自宅近くの住宅にテナガコガネや昆虫の標本などを大量に保管、 将来は昆虫館を開くつもりだったと供述しているということです。 なお、テナガコガネをめぐる立件は、全国初ということです。 飲酒運転させないTOKYOキャンペーン 今月はすでに暑気払いの予定が入っているという方、 いらっしゃいませんか? 飲酒の機会が増えるシーズンを前に、警視庁や東京都などが 「飲酒運転させないTOKYOキャンペーン」を実施しています。 キャンペーン初日のきのう、東京・江東区の「ららぽーと豊洲」で 啓発イベントが行われました。 キャンペーン隊長に任命されたのは、元ミス鹿児島で 元極真空手全日本選手権チャンピオンでもある、歌手の前田瑠美さん。 空手着姿で登場した前田さんは、飲酒運転の根絶を呼びかけ、 瓦割りや空手の演武を披露しました。 余談ですが・・・ 写真のピーポくん、いつもより身長が高かったような。 通常はもう少し、小柄だった気が・・・。 あ、ピーポくんは「1人」しかいないから、 「いつもより」とか「通常」などという表現は適してませんねー! 「飲酒運転させないTOKYOキャンペーン」は、今月7日までです。 ゆう活。 きょう 7月1日)から2か月間の日程で始まった、霞ヶ関での「ゆう活」を取材しました。 国家公務員の勤務時間を最大で2時間早めて、夕方をプライベートで活用することをめざします。 霞ヶ関では、大臣など幹部が「はやく帰んなさい」と省内の見回りをしました。 政府が推奨する「ゆう活」は朝方勤務にすることで夕方のプライベートの充実を目指すもので、 今回の対象は22万人。 早朝、地下鉄が混んでいたのはこれなのか? ~~~ 内閣府のオフィスに行くと、各自のパソコンに「〇〇時に退社します」と書かれたPOPが貼ってありました。 ・・・そういう「宣言」をしなくても帰れる職場の空気を作らないとね。 ~~~ さて、夕方の時間の使い方については「英会話の勉強」や「スポーツの練習」などが想定されていて、仕事のスキルアップにもつなげてほしいとか。 でも、実際に職員に聴いてみると「子どもと一緒にご飯が食べられるのがうれしい」という声が多かったです。 普段は、子供の寝顔しか見られないからとか。 なるほど。 ただ、ある女性職員はこう打ち明けてくれました。 『「国会に当たると」残業せざるを得ないんです。 子供たちが、残念がるんです』 ~~~ 霞が関では国会質疑で使う大臣らの答弁書を未明まで作成することも少なくないのです。 このため去年4月、自民党の国対と各委員会の委員長が「質問通告(事前に何を聞くか伝えること)の期限は委員会の前々日の18時まで」と申し合わせました。 これには女性職員を支援する意図がありました。 ~~~ ところが今も前日まで答弁作成作業が続くことがあります。 委員会によっては、与野党がアレコレもめちゃって日程が前日に決まりーの、だから質問者も急に決まりーの、指名された議員も急に質問を用意しなくてはいけねーので、大臣側の答弁もそのあとでないと作れない。 いつになっても帰れない。 麻生財務大臣も昨夜の会見で、この現状について「なんとかするべきだ」と嘆いていました。 「まあ記者らも夜遅くまで追いかけてきて残業してるがな」と皮肉られましたけど。 ~~~ 夜に開かれた、とある記者会見で、隣に座った知らない女性記者のパソコンに、 何か小さな紙が貼ってありました。 「なんて書いてあるんだこれ?」と思って横目で見ると(イヤラシイ) 「ママがんばってね」 ・・・ママ、かんばってたわ、マジで。 クロマグロ77!(ブラジル'66風) ブラジル'66風に"クロマグロ77"って??? ん??? って感じですよね(^^;)。 3月のこのブログで書かせて頂きました、葛西臨海水族園のクロマグロ。 ラス1になっておりました・・・。 水槽の環境に何か問題があるのかも、と、サメやタカサゴを入れて調べていたのですが、昨日、新たにクロマグロ77匹が入れられました。 (ちなみに、from高知だそうです) 今日から水槽を泳ぐクロマグロの群れを見ることができますっ! ただ・・・・水槽を見ると驚くことが・・・・・百聞は一見にしかず。 はいどーん! こ・・・格子!な黄色いテープがガラス全面にっ!!! これ、実は・・・・マグロに「ここにガラスがありますよー!衝突注意ですよー!」と知らせるためのテープなんだそうです。 輸送用の車や船では使われている方法なのですが、水族館の展示水槽で行われるのは異例のことだそう。 それだけマグロのことを心配しての措置、なんですね・・・・。 マグロたちが水槽に慣れてきたら、このテープは剥がされるそうです。 生き残っていた1匹と、新たに加わった77匹の群れ。 動きが一緒ではないんですよ。 1匹だけ、逆に泳いだりしているんです。 ・・・・・仲、悪いのかな・・・・ と思って尋ねてみましたら、そうではないそう。 なんと、マグロは同じ大きさ同士が群れるんですって! 今まで水槽にいたマグロは、4歳。 140センチ。 新たにやってきたマグロは、1歳。 90センチ。 なので、群れに加わっていないんですって! ですから今後、77匹が大きくなって、同じくらいのサイズになったら、一緒に泳ぐかもしれないそうです。 面白いですねー! そして個人的な感想として・・・・「まだまだ、マグロ入れられるよな・・・・」 と思ったら!これは、わざとでした! 水槽で安定的にマグロを飼育するには、同い年のマグロばかりでは良くない、ということで、年齢をずらして加えていくんですって! ですから、今まで通りの大きなマグロが沢山泳いでいる水槽に完全復活するのは、1~2年後になりそうとのことでした。 その時を楽しみに待ちましょう~! 最初にお話しした、環境調査のために入れていたサメとタカサゴは、徐々に水槽から取り出されています。 一方のアメリカ。 週明けにジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事が大統領選出馬をアナウンスすれば、潮目はどう変わるだろう??? 専門家お2人を取材してきた。 写真は東京財団上席研究員の渡部恒雄さん。 民主党の重鎮だった渡部恒三の長男。 東北大歯学部卒でアメリカ政治や安保を専門にするユニークな経歴。 20年近くお世話になっている方。 こちらは元アメリカ議会予算委スタッフで元民主党衆院議員の中林美恵子さん。 今は早稲田大の准教授。 96年のクリントンVSドールのときから、ワシントンDCに住んでいた中林さんには世話になりっぱなし。 アメリカ政治に精通したお2人が、ジェブやヒラリーの強みと弱みをどう語るか、近々、「ニュースパレード」等で放送しますよー。 (説得力、抜群!) 解説はアタシ。 2000年の上院選ではヒラリー陣営の下っ端スタッフ。 92、96、00... と3回、大統領選を見てきたし、「三度のメシよりヒラリーが好き」という男だからねー。 (しかし、この写真、説得力ねえなー) コインロッカー内死体遺棄事件で似顔絵公開 JR東京駅のコインロッカーに入れられたスーツケースから 先月31日、女性の遺体が見つかった事件。 警視庁は女性の似顔絵3枚を作成し、きょう公開しました。 丸の内署によりますと、死後、数ヶ月が経っているとみられることから 幅広く情報提供を呼びかけるため、3人の捜査員がそれぞれ 似顔絵を描いたということです。 (警視庁提供) 女性は70歳~80歳くらいで、身長は140cmほど。 ボタン付きの白っぽいカーディガンのようなものを着ていて、 額には5mmほどの腫瘍があるということです。 遺棄されたのは4月26日頃とみられ、保管期限が切れた先月31日に 管理会社の職員がスーツケースを開けたところ、中から遺体が見つかったものです。 情報提供は、丸の内警察署・捜査本部 03-3215-0577(直)まで。 愛川さんは文化放送では断続的に足掛け10年以上「生放送」のパーソナリティを つとめ、最後の番組は2008年に終了した 「キンキンのサンデーラジオ」~日曜13:00~16:00の生放送だった。 その前身の「キンキンのサタデーラジオ」から数えると2年4カ月、迅英は キンキンにとてもかわいがってもらった。 「偲ぶ会」友人代表で弔辞を読んだ大橋巨泉さんは 『僕はキンキンのファンだった。 友達にして最高の男だった』と述べ、さらに同じ昭和9年生まれの仲間に向かって 『まだまだそっち 天国 にはいかない。 ~中略 何故なら 戦争がどんなにひどいものかってことを知らない人たちが、新しく、法律、無理やり作って日本を戦争できる国にしようとしている今、とにかくもうひと踏ん張り、ふた踏ん張り頑張って、君の分まで戦ってみたいと思っています。 だから安心して、安らかに、眠ってください』 と結んだ。 遺影のキンキンが嬉しそうに笑っていた。 あなたもターゲットになるかも。 年金加入者の個人情報、約125万件が流出した問題。 日本年金機構の水島理事長は議員からの追求に、 「さらに被害件数が多くなる可能性」を認めました。 職員が「メールに添付されたファイルを不用意に開いてしまったこと」に 批判の声があがっていますが(確かにそうなんだけど) 「標的型メール」というのは実に巧妙。 その会社が入っている保険組合からのメールを装ったり ターゲットになった人の仕事に関わる催しの案内だったり・・・。 今回も「厚生年金基金制度」に関わるメールをよそおっていたとか。 最近やりとりがなかったところから突然メールが届いたとか なぜかフリーメールで送られてきたりとか、 そういう場合は疑ってかかったほうがよいようです。 もちろん大事な情報にはパスワードをつけて管理することをお忘れなく。 「オレなら騙されないぞ!」ではなく 「オイラも騙されるかもしれない」・・・と思っていたほうがよいかも。 さて、今回の問題。 日本年金機構は個別に電話やメールをすることはないとしています。 詐欺にひっかからないよう、ご自身で気を付けるだけではなく ご家族にもお伝えしましょう。 怪しいなと感じたら「日本年金機構、相談専用電話窓口」0120-818211まで。 男は、去年9月に香港から覚せい剤が密輸された事件の捜査で浮上したのですが、 その際に密輸された液状の覚せい剤は、およそ8キロ。 粉末に合成すると、末端価格でおよそ7億円に上るということです。 (画像:警視庁提供) 国際スピード郵便で成田空港に空輸された荷物は「ラー油」の瓶で、 中に入っていたのは赤く着色された覚せい剤でした。 男は覚せい剤密造グループの一員とみられ、自宅からは 薬品や覚せい剤の製造機器、製造マニュアルなどが押収されました。 警視庁は今後、ラー油を装った覚せい剤密輸事件についても関連を追及する方針です。 箱根・大涌谷の噴火警戒レベルが2に。 神奈川県の箱根山。 大涌谷周辺に影響を及ぼすような小規模な噴火が起きる可能性があるとして 気象庁は6日、噴火警戒レベルを1から2(火口周辺規制)に引き上げました。 箱根町は大涌谷の半径300メートル以内に避難指示を出し、箱根ロープウェイは運休に。 その朝は別の取材に行く予定だったのですが、急遽、大涌谷に向かうことになりました。 ~~~ 小田原から箱根登山鉄道に乗り換えたのですが、緊迫感は無く、登山客や観光客が座席を埋めており、仕事モードの自分が浮いている感じ。 ただ「警戒レベルの引き上げによって、ロープウェイが運休になりました」という車内アナウンスは頻繁に流れていました。 ~~~ 途中、強羅の駅で改札を出ると、土産物屋さんのおばさんとお兄さんが何やら不機嫌そうに立ち話。 話を伺いに行くと・・・「あんたたち、ちゃんと報道してよ!箱根全部が危険みたいに受け取られて、いつものGWなら店の前に行列ができるのに、今年はさっぱりよ」 箱根湯本や強羅、芦ノ湖などの観光施設は通常営業しているのですが、警戒レベルの引き上げによって客足が遠のいています。 7日には町と観光組合が今後の対策を話し合いました。 ~~~ 運休が決まった箱根ロープウェイの発着駅に着くと、日本人の観光客の姿はまばらだったのですが、外国人のグループが途方に暮れているのが目につきました。 言葉の壁があるためですが、災害に関する情報が伝わっていなかったことは今後の課題だなと思いました。 ~~~ 大涌谷に続く国道は手前1キロの三叉路で通行止めになっています。 「できれば、大涌谷の今の様子を伝えたい」そう思っていたところ、お客さんがこなくなって手持ち無沙汰になったタクシー運転手さんと意気投合。 「実は大涌谷が遠くから見られるポイントが二か所ある」ことを教えてくださいました。 ~~~ 中継車と合流してその場所に行ってみますと、2.7キロほど離れた山の中腹から白い湯気が吹き上がってるのが見えました。 地元のかたがたは、「いつもに比べて特別に水蒸気が多いようには思えない」とおっしゃっていましたが、中には「地面がズンッと跳ね上がるような、いつもの地震とは違う揺れを感じた」というかたもいらっしやいました。 ~~~ これを書いている7日も火山性地震が観測されていて、一連の活動による地震の回数は体に感じない地震を含めて1000回を超えています。 大きな被害が出ない事、また、地元経済への影響が少ないことを願いますが、同時に、万一噴火警報が発令されるような事態になったり避難指示範囲が広がったりした場合には、躊躇せずに安全確保をしていただきたいと思います。 (注:画像中央付近で白い湯気があがっている場所が大涌谷です。 望遠撮影ではないため湯気は小さく見えますが、その右側にある建物(名物の黒たまごなどを製造する売店など)と比較すると規模がわかるかと思います。 画像をクリックすると拡大できます) ゴジラと言えば宝田明 六本木のミッドタウンの中庭広場に入り口付近にリアルなゴジラのモニュメントが出現した。 映画「ゴジラ」の第1作の主演男優が宝田明さんです。 去年の12月、NHKのトーク番組で宝田さんは女性アナウンサーから 「戦争を全く経験していない世代に伝えたいことは」と問われ、 「国家の運命というのは、たかが一握りの人間の手によってもてあそばれている 運命にあるんですよ。 だから間違った選択をしないよう、国民は選挙を通じて... 」 と話はじめたところ男性アナウンサーが突然、 「その辺は各自、思うところがあるでしょうから... 」と、制止するかのように割って入った。 『今の時代は戦前の空気に似ているといわれる。 そのころの空気を知っている 80代の映画人が世代の責任を負って語りはじめた。 中略 菅原文太は生前に「戦前もみんな"平和の為"と言っていろんなことがはじまった」 と話していた。 香川京子は「国民の命を守ると言うのは簡単」と当時と今をダブらせる。 中略 かつての治安維持法、国家総動員法、満州国建設、南部仏印進駐も "日本を守るため"だった』 示唆に富んだ意見だと思う。 地平アイこさん。 会ってきました。 地平アイこさんに。 「本日はご来店まことにありがとうございます」と言ってくれました。 地平アイこさんは東芝が開発した人型ロボット。 「 地球の 平和」「 アイデア」「 コミュニケーション」から名づけられたそう。 日本橋三越本店で、2日間限定で受付スタッフとしてフロアやイベントの情報をお客さんに伝えるお手伝いをしたんですよ。 まばたきや首をビミョーに動かす感じがまー、人間っぽい! 顔や両腕など、なんと43カ所も動くんですって!ひゃ~! そんな地平アイこさん。

次の

文化放送報道部ブログ パレードのあとで。: きょうの1枚 アーカイブ

会 いたい ん だ 今 すぐ その 角 から 飛び出し てき て くれ ない

監督生が記憶喪失 ツイステキャラが、ちょっとヤンデレかな? グリム大好きです! ネームレスです 地雷畑にご案内~! [newpage] ズキズキする頭。 だるい背中。 私は布団から這い上がろうとした。 今日も今日とて、学校へ行く準備をしなくてはならない。 今日の講義は、確か神話についてだったような気がする。 私はうつ伏せになって布団をかぶろうと思ったが、いつもの布団のさわり心地ではない。 異変に気がついて私は布団をまくった。 うっすらと目を開けると、私のそばで男の人とが眠っていた。 オレンジ色の髪の毛、左目に赤いハートマークがある。 男の子はくせっ毛らしい。 私は自分の手に疑問を持った。 私はもうちょっと手が小さかった気がする。 それに髪の毛。 長い髪の毛が、見えない。 頭を触ると、ショートカットになっていることに気がついた。 自分の服装を確認すると、見慣れない制服。 あれ、私夢の中にいる? 私はこの夢の中を散策するために、ベッドから降りようとする。 そうするとそばで眠りこけていた男の子が私の動きに気がついて目を開けた。 「うわっ、なんだよ…お前、起きたなら教えてくれよ。 監督生っ…よかった、目を覚ましてくれたんだな…。 ごめんな、俺、」 監督生? 私は首をかしげて相手を見た。 ネコのような目つき。 彼は私のことを知っているようなそぶりで話をしていく。 私が後頭部を中心に痛みが走る。 男の子が一方的に話すから、私はただ聞くしかなかった。 その様子が、おかしいと感じたらしい。 「監督生、どこか、痛むのか?そう、だよな、ホント、ごめん…今更…」 そう言って私に手を伸ばす。 男の子にこうやって触られるのは苦手だ。 私はとっさに体を引いた。 男の子は私のことを見て眉間にしわを寄せた。 「っ、当然だよな、その反応。 でも俺たちはもう」 「あの、ここはどこですか?」 「…は、何言ってんだよ。 ここ、保健室。 さっきも言っただろうが」 「保健室?」 「…変だぞ、監督生」 不満げな顔で私にそう言うけれど、どこの、保健室だ。 私はあたりを見渡した。 私の通っている学校の保健室ではない。 もうちょっと癒やしグッズがあったはず。 私が挙動不審であることに、目の前の男の子はおずおずと口を開いた。 「あの、さ。 俺のこと分かる?」 「初対面なのに分かるはずありません」 ぴしゃりと告げると男の子は目を丸くさせた。 強く言いすぎただろうか。 そう思ったけれど、このままじゃこの夢は覚めることはない。 ベッドから降りて保健室を飛び出ると、大きな廊下に出た。 廊下には誰もいない。 夕方の、オレンジ色の光が差し込んでいる。 「待ってくれっ!監督生!!逃げないでくれ!!」 裸足のまま私は廊下を走る。 後ろから、あの男の子の声が聞こえたけれどかまっていられない。 外に出たいのに、廊下がただただ続くだけ。 息を荒げで周囲を見渡すと、右頬にダイヤマークがついている男の子と目が合った。 その男の子は隣にいるクローバーマークのある男の子を放っておいて私に近づいた。 「監督生ちゃん!?」 「ひっ!」 「ちょ、ちょちょ、監督生ちゃん大丈夫なの?めっちゃ混乱してない?保健室から飛び出して来ちゃったの??起きたばっかりなんでしょ、ベッド戻ろうよ」 「おい、ケイト…監督生、吐き気はないか?大分走っていたみたいだが…。 顔色が悪い、どうした、エースになにかされたのか?」 「や、」 「…怖がらないでくれ、もう、俺たちは何もしないから…信じてくれ」 ひょろりと背の高い男の子たち二人がじりじり近づいてくる。 この人たちは私を知っているけれど、私は知らない。 この人たちなんて、知らない。 私は怖くなって、伸びてくる手を避けるように退いた。 その様子に二人は困惑したような表情を浮かべている。 そして二人とも困ったような表情を浮かべる。 「どうしたんだよ、俺たちがまだ怖いか?」 そう言ってクローバーマークを頬につけている、眼鏡をかけた男の子はまた私に手を伸ばす。 怖くなって私は来た道を戻ろうとすると背後から声が聞こえた。 「何をしているんだい…。 監督生!?目を覚ましたのか、よかった…?どうしたんだ、監督生、顔色が悪い」 「リドル!監督生の様子が変なんだ」 「そうそう、なんか俺たちに今まで以上に怯えちゃっている感じ?あー、まあ仕方ないって思うけど?」 「監督生、まだ保健室で休んだ方がいい」 真っ赤な髪の毛に、堂々とした物言い。 誰か助けて。 この状況を誰か説明して。 そう願っていると、私を追いかけてきたハートマークの男の子が私を見つけて名前を呼んだ。 その名前は聞いたことがない綴り。 逃げようとした動きを見逃さなかったハートマークの彼は「先輩!監督生捕まえて!ください!」と叫んでいる。 その言葉を聞いた私の近くにいた三人は、私の腕をつかんだ。 「やめっ、やめて!」 「!?」 「なんか、様子変なんです!監督生…」 腕を捕まれて動けなくなっていると、クローバーマークの男の子はにっこりと笑って「よし、確保だ」と言い切った。 そして水を出され、彼らに見下ろされた状態で言葉を待った。 先ほどのメンバーのほかにスペードマークが頬に描かれている男の子も来た。 ひどく焦っている様子だ。 「監督生!目を覚ましたんだなっ!…よかった、このままずっと目を覚まさないかと思った…」 そう言って私を抱きしめようとするが、私は怖くなって後ろに下がると、目を見開いて傷ついたような顔をする。 スペードマークの男の子はゆらりとまた近づこうとすると、赤毛の男の子に「キミは下がって」と冷たく言われていた。 「すまなかったね、怖かっただろう…」 赤毛の男の子はそう言って私をまた座らせる。 スペードマークの男の子へ、先ほど私を追いかけてきたハートマークの男の子が耳打ちした。 「は?監督生が!?」 「ちょちょちょい!デュースくん!」 いきなり大きな声を出されて体を小さくさせると、スペードマークの男の子はしまったといわんばかりの表情で口元を手で覆った。 私はそっとうつむいて自分の指先を見た。 私の手は洗い物やコップの消毒などで荒れに荒れていたのに、きれいな手になっている。 先ほど逃げている間、窓を見たとき私は別人だった。 ショートカットになっている髪の毛。 大きな瞳。 薄い唇。 私じゃない。 私が怯えたことにハートマークの男の子はバシッとスペードマークの男の子の背中を叩いた。 強い力だったから私にもいい音が聞こえた。 「ばっか、声でけぇって!!」 「二人とも、静かに!!」 ぴしゃりと赤い髪の毛の男の子が言い放つと、二人とも静かになった。 冷や汗もかいている。 くるりと向き直る男の子。 「キミは…ボクのことが分かる?」 「いい、初対面ですよね…」 「…キミの名前は?」 「…」 名前を告げるべきなのか。 もしも彼が悪い奴だったら危険だ。 それに、昔話でも聞いたことがあるけれど名前は魂を表す。 だから簡単に告げちゃいけないと聞いたことがある。 私は疑うように男の子を見ていると、男の子はにこりと笑って口を開いた。 「ボクはリドル・ローズハート。 この学園、ナイトレイブンカレッジの二年生。 寮はハーツラビュル寮で、寮長をしている。 よろしく」 そう言って私に手を差し出した。 名前の綴りからして、ここは日本じゃないしアジア圏ではないことが分かる。 私は迷ったあげく、その差し伸べられた手を握った。 男の子でも小柄だから、小さい手だと予想していたが、しっかりとした大きな手。 暖かい。 「私は…」 名前を告げると周りにいる人たちは驚いたように私を見た。 そして、リドルくんが笑顔を浮かべながらこう聞いた。 キミは女の子?と聞いてきた。 私は素直に首を縦に振ると、周りにいた彼らは驚きの声を上げた。 え、まさか。 そう思いながら私はリドル君を背中にして胸元を少し開けて自分だけで、確認するが、堂々たる女子だ。 「キミはここがどこで、どんな場所か知ってる?」 リドル君は少し鋭い目つきで私を見て聞いてきた。 私は首を振って答えると、リドル君は考えるそぶりをした。 「トレイ、ケイト、学園長先生を呼んでこよう」 「そんなせかさなくても私はここにいますよ」 「わっ、学園長」 「神出鬼没だな…」 真っ黒い、カラスのような羽やローブをまとい、顔にはマスクをつけておしゃれなハットをかぶっている男性。 私を見下ろしていて、いささか怖い。 私は怖くて後ろに下がろうとすると、学園長と呼ばれた男性は私の腕をつかんでそのまま抱き上げた。 「すみませんが彼女を借りますね。 ああ、そうだ、今のうちに挨拶をしていた方がいいのではないでしょうか?」 学園長がにこりと笑う。 見ず知らずの男性にお姫様抱っこをされて怖いと思わない人はこの世の中にどれだけいるのだろう。 私は小さくなって、周りを囲んでいた彼らを見た。 学園長が抱き上げたから、私は彼らと少しだけ目線が近くなる。 「、俺はトレイ・クローバー。 よろしくな。 寮はリドルと一緒で、学年は三年生だ」 「俺はケイト・ダイヤモンド。 気軽にケイト先輩って呼んでね!監督生ちゃん」 緑の髪の毛の先輩は、トレイさん。 こっちのちゃらちゃらしてそうな人はケイト先輩?覚えられるだろうか。 そして、先ほどから元気がない二人組も前に出てきた。 「俺はデュース・スペード。 俺とお前は同じ、一年だ。 よろしくな」 「エース・トラッポラ。 「ふふ、そんなに驚きますか?ここが」 「!」 私ははじかれたように学園長を見た。 学園長は、仮面をつけているから目の動きが分からない。 それでも口は笑っている。 控えめにうなずくと、学園長は「そうですか」とうれしそうに答えた。 学園長は私を抱いたまま、高級そうな天鵞絨のソファに腰掛けた。 「気がついているかもしれませんが、ここは貴方が知っている世界ではないのです。 こちらをご覧ください」 学園長は長い、指揮棒のような物を取り出して7つの肖像を指していく。 この方々はグレート・セブンと呼ばれた、偉大な方々らしい。 彼らはこの世界にかつて存在した偉大なる存在。 彼らに憧れている生徒ばかりらしい。 「生徒?」 「ええ。 この世界、ツイステッドワンダーランドは魔法が使える人間と使えない人間が共存している世界。 私たちが今いる場所はこのツイステッドワンダーランドにある、魔法士養成学校、ナイトレイブン・カレッジ。 こカレッジは4年制です。 そしてこのカレッジに通う生徒は入学時に魂の資質に対応するいずれかの寮に振り分けされます。 グレート。 セブンに倣った7つの寮。 でも貴方は」 この世界に来たのは二ヶ月も前のこと。 そしてその二ヶ月の間、以前は使われていた寮に一時的に所属していて学園生活を謳歌していたのですよ、と悲しい顔で言われた。 私にそんなことを言われても、覚えていない。 私はつい先日まで…あれ、なん、だっけ…。 なにして、たんだっけ…。 眠たくなってきた…。 「ああ、大丈夫ですよ。 ショックの連続で疲れたのでしょう。 お休みなさい」 学園長の体は冷たいのに、眠気が訪れてきた。 私はずり落ちないように、学園長にすがるように首に腕を巻き付かせた。 ひどく、眠い。 「そう、ぐっすり眠りましょう…。 私は体の不調はないからとりあえず学校へ行くことにした。 サボったらサボった分だけ学校に行きにくくなるのは学習している。 男の子用の制服に身を包んで寮を出た。 振り分けられたクラスの教室へ行くと、昨日、顔を合わせたエースくんとデュース君がいた。 「よ、おはよ。 大丈夫か?」 「おはよう…うん、大丈夫」 「…そっか、なあ、今日の二つの目の授業はお前が得意な授業でさ、よく俺に終えてくれてくれてたんだ」 「、そうなんだ」 歯切れの悪い会話だったけれど、私はそそくさと椅子に座った。 よかった、ここの学園の椅子は固定じゃないから好きなところに座れる。 昼食時間になり、みんなはどんな風に昼食をとっているのかと気にかかった。 バンと大きな音を立てて獣耳をつけている、銀髪の男の子がずかずか近づいてきた。 私を見下ろしている瞳は、少し潤んでいる。 そして私のことをひょいっと俵のように担ぐと外へ向かっていく。 記憶がない、のなら…いいや、何でもねぇ。 レオナさん、連れてきましたよ」 植物園に連れて行かれた。 お昼休みに、誰かいるのかと、周りを見渡していると「ここだ」と低い声が聞こえた。 けだるそうに歩いてやってきたのはこちらも獣耳をつけた、褐色肌の男の人。 鋭いまなざしで、左目には傷がある。 この人気質じゃない。 私を見下ろして、何かを待っている様子だった。 「…監督生、目が覚めたんだな。 怪我も治ったみてぇだな」 私は視線を右往左往させていると、俵のように担いでいた男の子は私を地面に下ろした。 「悪かったな、突然。 俺はジャック・ハウル。 この人はレオナ・キングスカラー。 サバナクロー寮の寮長だ」 「ジャック、いい。 おい、草食動物、飯はまだなんだろ、食っていけ。 さっさと本調子に戻しやがれ。 」 ぶっきらぼうにそう言って、私を呼んだ。 私はついていっていいのか分からないで固まっていると、ジャックくんが私の腕をつかんで引っ張る。 私とジャックくんがレオナさんについていくと、奥の方でもう一人男の子がいた。 「あっ監督生!目が覚めたんスね…よかった、あのときは本当に」 「ラギー!!!」 レオナさんが、しゃべり出した男の子へ、言葉を紡がせないように割って大声を出した。 私は驚いてジャックくんの後ろに隠れる。 レオナさんはその行動を見て、すまなさそうな顔をした。 でもすぐに切り替えて私に「適当に座っとけ、」と言った。 ジャックくんは背が大きいから、隠れることができる。 私はジャックくんの腕をつかんで離さないでいると、先ほど声をかけようとした男の子が近づいてきた。 「あ、あのさー。 俺は、ラギー・ブッチ。 アンタはどのパンが好きっすか?」 ラギーくんは、どこかぎこちなく声をかけてきた。 私は特にないので「なんでも、いい」と小さい声で伝えると、ラギーくんは泣き出しそうな顔で笑ってサンドイッチをくれた。 ジャックくんは私に紙パックのジュースをくれた。 ぎこちない昼食会。 レオナ寮長は私のことをずっと見ていた。 私が目を合わせると、レオナ寮長は私の背後に座って、頭を擦り付けた。 見られてる?じっとりとした視線はどこからかと周りを見渡すと、青白い光が階段奥で見えた。 私は足音を消して近づくと、その人物は、待っていたかのように私を見た。 「…記憶がない方が、幸せだよ。 キミは」 「え」 「魔法が、使えたことは、喜んでもいいのかもね」 見慣れない青い服。 彼は誰だろう。 それに記憶がない方が幸せってどういうことだろう。 聞き返そうと思ったけれど、彼は服の襟を立てて顔を隠して、素早く私の前からいなくなった。 そうしている間に夜は更けていく。 そうだ、グリムにツナ缶…?グリム? グリムって、誰? 思い出そうとすると頭が痛くなる。 そして痛みと共にもやがかかる。 どうしてだろう。 頭を抱えながらも私は椅子から立ち上がり、外の空気を吸いに出かける。 慣れた手つきで勉強道具をしまってコートに手を伸ばした。 寮からでると、ひんやりとした空気が私を包み込んだ。 夜のツンとした匂いも、静けさも好きだ。 私は草木が生い茂るところまで足を運ぼうとした。 「監督生っ、目を覚ましたのかっ!この日をどれだけ待ったことか!!」 歓喜に満ちあふれている声に私は振り向いた。 突然の衝撃。 体は地面に押し倒された。 私は怖くなって「やめて!」と金切り声を上げるが離れてくれない誰か。 ぐっと押しのけようとしても、ぎゅっと押しつぶされて苦しい。 「ぐ、っむ、んー!」 「ああ、ようやっと目を覚ましたのか。 よかった。 ずっと目を覚まさないからここしばらくは生きた心地がしなかった。 あのまま目が覚めなかったらキミの心臓を食べるところだった。 キミがこんなにも暖かい、僕を認識してくれている…幸せだ…。 そうだ、ここの傷跡もちゃんとある、僕だけの」 「やめ、っ!」 私は力一杯押しのけると、私を突然抱きしめて地面に押し倒したのは角が生えた、美しい顔の男性。 襟足の長い髪の毛。 瞳は涙で潤んでいる。 でも、雰囲気が違った。 熱っぽいまなざしで私の体を触ろうとする。 怖くて私は逃げるように走って行くが、その男の人が私の腕を力いっぱいつかんだ。 「痛いっ!!」 「っ、すまない、君のことは二度と傷つけることはしないと誓ったのだがうれしくて、悪かった、嫌わないでくれ、本当に…すまない、僕を嫌わないでくれ」 私に懇願するようにつかんだ腕は放さず、額を押しつける。 私よりも体が大きい男性は、まるで子どもだ。 「わ、わかりました、から、離してっ、いやっ」 「マレウスっ!やめるんじゃ!!」 びゅんと飛んできたのは小柄な少年。 でも、少年にしてはかわいらしい顔つきだ。 私の腕をつかんでいた男性は、その声にはっとして顔を上げた。 美しい瞳からは大粒の涙が溢れていた。 少年は男性の首根っこをつかんだ。 「すまなかったのぉ、この戯け者が…。 また会おう」 切なそうに微笑んだ少年は、独特の言い回しをしていた。 「もう大丈夫じゃ、散歩をしてもかまわない」と付け足して、角の生えた男性を引き取った。 先ほど、角の生えた男性は、二度と傷つけることはしない。 と言った。 どういう意味なんだろう。 図書室で、魔法薬学の勉強をしようと思っていたので廊下を歩いていた。 曲がり角で大きな影ができていたので私は廊下の外側を歩こうとしたら、その影は私を囲い込んだ。 顔を上げると、そこには、見るからに機嫌の良さそうな男性と、紳士そうな男性がいた。 顔は瓜二つ。 「こんにちは、小エビちゃん」 「こんにちは、どこかへ行かれるのですか?」 二人は私を見下ろしてニコニコ笑っている。 怖い…。 何考えているか読めない。 返事に困っていると、機嫌がよさそうな方がぎょろりと目を動かして返事を促す。 「ねえ、聞こえてるよね…無視するなよ」 「フロイド…これは失礼しました。 ああ、記憶を無くされているんでしたっけ。 聞いていますよ。 貴方のこと。 私はジェイド・リーチ。 こちらはフロイド・リーチ。 私たちは、記憶を無くす前は…友達だったんですよ。 それはもう仲睦まじい関係で」 にこりと笑ったジェイドさんは、何か期待をしているようなまなざしだ。 消えるような声で「こんにちは」と返事をすると、二人は息をそろえた。 「ねえ、小エビちゃんはこれからどこへ行くの?オレも一緒に行く~」 「何かお手伝いできることがありましたら何なりを申しつけください」 「何もありません、失礼します」 圧迫をかけられている時には、私は冷静になって論破するべきだ。 脳みそを動かして私はさっと通り過ぎようとすると、双子の彼らは私の行く道を阻んだ。 「…聞いてる?オレの話。 オレ、ちゃんと目を見て話したよね、ちゃんと待ってあげてるんだけど…記憶がなくなっても物わかりが悪いのは変わらな」 「フロイドのことは気にしないでください。 これから行く場所があるなら我々がその間まで荷物持ちでもしましょうか?」 ひやりとしたその冷たい物言い。 顔を上げると、私を見下ろすその瞳とぶつかる。 怯えた表情の私が閉じ込められている。 怖くて動けなくなっていると「おー、監督生。 これから図書館行くんだよな。 待たせて悪かった」と陽気に話しかけるトレイ先輩が現れた。 トレイ先輩が私の肩をつかんで二人の間を通り抜けた。 ほっとしていると、フロイドさんの声が聞こえた。 「横取りなんてつまんねぇことすんなよ」 「はは、さ、行こう。 監督生」 トレイ先輩がそのときどんな表情をしてたかなんて私は確認しなかった。 双方に冷たい空気が宿っていたから私は口を開くこともできなかった。 トレイ先輩と一緒に図書室へ向かい、私は魔法薬学の本を集めた。 トレイ先輩はすごくうれしそうに私の隣で勉強を教えてくれた。 生暖かい、真綿で首を締め付けるような空気。 そしてぴしりと足下から冷えるような冷たい空気。 昼食時間になり、私は自分の荷物を抱えながら食堂へ向かう。 「あっ!!いたいた!おーいっ、監督生!監督生!!」 大きな声で私のことを呼んだ人がいる。 周囲を見渡し、その相手を探す。 そうすると背後からどんと衝撃が襲った。 私は後ろを振り返って相手を見ると、褐色肌に、様々な装飾品が見えた。 爽やかそうなその笑顔と裏腹に私を抱きしめる力は男の子そのものだ。 骨がきしむ。 「久しぶりだなっ、これから俺たちと一緒に食事をしないか?ジャミルが作ってくれたんだ。 ほら、好きだった果物の盛り合わせだってある」 そう言って私の腕を引っ張ってどこかへ歩き始める。 私は驚いて声を上げようと思ったけれど食堂で注目を浴びるのは嫌だ。 しばらく黙って歩いていると、中庭に上等なテラス席が用意されていた。 そこには果物の盛り合わせはもちろん、スパイシーな香りがした。 男の子は私の手を引いて椅子に座らせて、その隣に座った。 「あの、貴方は…?」 「ん?あ、そうか、記憶がないんだっけ。 俺はカリム・アルアジーム」 にこりと笑って私の頭をなでる。 私は少しよろめいた。 そうするとすぐに慌ててカリムさんは「すまない」と謝った。 料理の準備をしているのはジャミル・バイパーというらしい。 カリムさんとは打って変わって、ジャミルさんは少しだけ思い詰めたような顔をしていた。 私は今日の食事、食堂でパンを買ってレオナさんたちと一緒に食べる約束をしていたのだ。 少しだけ焦って私はカリムさんに断りを申し出た。 「カリムさん、ごめんなさい。 私、レオナさんたちと食べる約束をしてて」 「いいだ、後から俺が言っておくからさ!確かお前はイチゴが好きだったよな!!はい、これ!」 カリムさんは太陽のように笑って私のさらにイチゴを盛り付ける。 どうしよう。 困っている顔をしていると、カリムさんは私の唇にイチゴを押しつけた。 私は慌てて口を開けると、カリムさんは満足そうに笑った。 「うんうん!…もっと食べてくれ…オレ、お前とこうして一緒にいられてうれしいんだ」 「?」 「俺たちは、友達だったんだ。 なあジャミル」 「…ああ」 「まずは友達から、ってやつだ」 目を細めて私のことをうっとり見つめる。 先ほどとは打って変わったカリムさんの表情に私が戸惑っていると「ジャミル~」とジャミルさんに話しかけていた。 [newpage] 寮に帰って私は部屋掃除した。 記憶を失う前の私はどんなことをしてきたのか気になった。 日記とかつけていたらすごくうれしいんだけどなぁ。 一抹の願いを胸に、机の中や、メモ帳を探ったが何一つ出てこなかった。 カレンダーの裏とか、教科書に落書き程度でもあるかと思ったが見当たらなかった。 というか、教科書は真新しくて使われた形跡がない。 部屋の中のクローゼットや机の裏を調べたが出てこなかった。 早くお風呂に入って眠ろう。 そう思って談話室に降りると、大きな鏡が、揺れた。 鏡の面がゆらりと水面のように揺れたので悲鳴を上げてしまった。 「な、なに、いま、揺れた!?」 私は怖がりながらも、鏡に近づいて触れてみた。 鏡の向こうで何かが動いている。 ぴしりと鏡にひびが入ってしまったが、そのひび割れた部分に、私の姿が映っている。 泣いている私だ。 足下には花びらが散っている。 割れていない大きな部分を見ると、私が写っていて、向こうで桜が降っていた。 「花?どうして、私は泣いているの」 目をこらしてもっと見ようとすると、大きな鏡の面が動いた。 大きな桜の木の下で、膝を抱えて私が泣いている。 私の足下にはバラバラになった教科書や本が散らばっていた。 それをよく見ると…あ。 ネコが現れた。 宝石を身につけたネコだ。 耳がちょっと青い火で燃えてる?のかな。 そのネコは私の傷ついた手をなめていた。 泣いている私は手から血を流している。 よく見ると腕は青いあざがあった。 靴の跡もあった。 もしかして、私は蹴られたのかな。 鏡の面はまた揺れた。 今度は、海の中?なのか。 二匹の、海の生き物が私に巻き付いていた。 私は苦しくて腕を伸ばしている。 もがき苦しむ私、でも巻き付いている、海の生き物は手放すことはない。 また鏡の面が揺れた。 今度は夜になっていた。 角が生えた怪物が、この寮のてっぺんに登って私の首を締め付けて今にも落とそうとしている。 首が無性に苦しくなった。 角が生えた怪物は大声で言っている。 「やあ!もう体の方はいいのかい?」 元気よさげに私に話しかけてくる…確か、ルーク副寮長だ。 リドル寮長がこの間いろいろと教えてくれた。 ルーク副寮長は私を見つけると、にっこり笑って私の肩に手を置いた。 一体何を考えているんだろう。 顔を上げて、ルーク副寮長を見上げる。 「また、一緒に狩りをしようじゃないか!これから時間はあいているかい?」 「え」 「ルーク。 元気そうね、監督生」 階段を降りてルーク副寮長と私の間に入ってきたのはヴィル寮長だ。 ヴィル寮長は私を見て満足そうに笑った。 きれいな微笑みなのに少し怖いと感じる。 私は彼らのやりとりを見ているときに、小柄な少年もやってきた。 「っ、キミ…あの」 「エペル、黙りなさい。 監督生、これから一緒に中庭でお茶にしましょう?私、貴方とおしゃべりをしたかったのにいつも周りにはあいつらが…いるから中々声をかけられなかったのよ」 ヴィル寮長は私の腰に手を添えて歩くように促す。 男の人に触られることは最近度々あったけれど、この、本能的な恐怖は収まらない。 ヴィル寮長も顔かたちは美しくても中身は男性だ。 ルーク副寮長も私が歩き出すことにうれしそうに笑っている。 ただ、エペルくんは不安そうに私を見つめていた。 中庭に移動すると、いつの間にか準備されていた椅子と狩りに使う道具。 もしかして私を連れてくる気満々で誘ったのだろうか。 ヴィル寮長がエスコートしてくれた椅子に押しかけると、テーブルにはいくつかのリングと果物ナイフが置いてある。 「あ、ボク。 リンゴの細工が得意なんだ。 見せてあげる」 エペルくんはルーク副寮長とヴィル寮長が神妙な表情で相談している姿を確認しながら小声で言った。 エペルくんはナイフを使ってリンゴに切り込みを入れた。 「ボクは…キミの味方でいたかった。 でも、ボクは、弱虫だからできなかった。 謝って済むことじゃないぐらい、分かってる」 「それって、記憶を無くす前の私のこと、ですか?」 無言になるエペルくん。 でも無言は肯定を意味する。 私はチラリとヴィル寮長を見ると気がついた寮長は私に手を振った。 私はにこりと笑ってエペルくんに視線を向ける。 「エペルくんはグリムって知ってる?」 「…思い出したの?」 「思い出してはないけど、グリムっていうネコがいたはずなの」 思い出せないのに、グリムって言うネコの姿だけは思い出すことができる。 でも、どこかに書き留めておかないと忘れてしまう。 グリムのことを思い出そうとすると頭痛がする。 「ほかにも、教科書が真新しいなんておかしいでしょ。 制服も、新品の匂いがしたの」 「…っ、…」 エペルくんは私の様子を見て、無言ながらも手を進めている。 「ボクは、正直…。 寮長や副寮長のことを尊敬している。 だから、キミには思い出してほしくない。 思い出さないで、キミが幸せになれるならボクはっ」 「エペル、どうしたんだい?顔色が悪いよ」 ルーク副寮長がエペルくんの肩を叩くと、エペルくんは顔を上げた。 エペルくんはそのままルーク副寮長に連れて行かれて、狩りのやり方を教えてもらっていた。 私は椅子に座ってその様子を見ていると、日焼け止めを塗りに戻ってきたヴィル寮長が私に話しかけてきた。 「久しぶりの学校は慣れたかしら?」 「はい」 「そう、よかったわ。 ねえ、今日はウチの寮に泊まっていかない?いろいろ貴方と話したいことがあるの。 貴方と話したいことが沢山あるのに、ほかの寮のやつらがすかさず貴方を奪ってしまうから、今日ぐらいいいでしょう?お泊まりに必要な物は私が責任を持って準備するわ。 貴方に似合うパジャマも用意したのよ」 そう言ってヴィル寮長は懐かしそうに微笑んだ。 「この、リンゴ…」 エペルくんが作ったリンゴに気がついたヴィル寮長は、まるで忌々しい物を見るかのような顔つきに変わった。 きれいな人が怒ると怖いと聞いていたけれど、こんなに怖いとは。 私も彼が作ったリンゴを見ると、そのリンゴには何かのマークが描かれていた。 『魔法も使えない未熟者が私たちと同じ空間にいるなんて耐えられないわ。 私の僕になりなさい』 「え」 ヴィル寮長の声が聞こえた気がして顔を上げると、ヴィル寮長は機嫌良く笑っている。 「…私、魔法が使えなかったんですか?」 「そんなわけないでしょう?この学校は魔法士養成学校なのよ。 それなのに魔法が使えないなんてあるわけないでしょ。 おかしなことを聞くわね」 「です、よね…」 「貴方は魔力も豊富で、月夜の下で輝く花の魔法は美しい物だったのよ。 今日、私の部屋に来て見せてほしいものだわ。 貴方は私のことを尊敬する寮長だと言ってくれたのよ。 きっと記憶が戻らなくても、そう思ってくれると信じているわ」 ヴィル寮長の目が怖い。 私を見下ろす目は、熱をはらんでいる。 椅子から立ち上がってヴィル寮長は私の頬に手を伸ばして添えたり、艶めかしく胸を触ったり、指を私の指に絡めたりする。 「あ、の」 「かわいい、怯えちゃって…。 その噂は瞬く間に学園に広がった。 別に魔法が使えようが使えないであろうがどうでもいい。 他人のことより、自分がすべてだと思っているこの学園。 ある日。 リドル氏は、彼と魔獣を見つけると罵声を浴びせていた。 気にもとめない監督生に向かって寮長は魔法で作り出したステッキで叩いたこともあった。 力なく床にひれ伏す監督生を気遣う魔獣。 その様子を誰一人として助けることはない。 『なぜボクのそばを離れるんだ!!ボクがいなくて困るのはキミだろう!この役立たず!!』 真っ赤な血が、見えると、リドル氏はうれしそうに笑った。 レオナ氏は、寮生を使って教科書を滅茶苦茶にしたり彼が使っている物を壊していった。 ジャック氏がいつも止めに入ったり、レオナ氏をとがめることがあった。 しかしジャック氏一人じゃなにもできない。 レオナ氏に目をつけられたら居場所を無くすかもしれないという監督生の気遣いはジャック氏を絶望させた。 『またジャックか?テメェは俺の言うことが聞けねぇのか?誰が勝手にほかの雄に尻尾振れって言った。 お前は誰の物なのか分かってんのか』 アズール氏は徹底的に監督生の居場所を奪っていった。 リーチ兄弟は寮を取り返したいのなら水の中で追いかけっこをして耐えてみろといった。 海から這い上がろうとするたびにリーチ兄弟は『帰る場所なんてないんだから』『まだ元の世界に帰るつもりなんですか?』と笑ってまた沈めた。 「どうして監督生は、耐えられるの」 彼が好きだと言っていた桜の木。 バラバラになった教科書も蹴り飛ばされた背中の跡も、見るに堪えない物だった。 監督生は泣いているのに、どうしていいかわからない。 魔法が使えない人間の愛し方なんて知らないからだ。 寮長は、いいや、みんなはどれが正解で、どれが正しい愛情表現なのか分からない。 だから傷つけて、所有物だと周囲に見せびらかす。 「泣いてるのに」 「…元の世界に帰るためになら、耐える」 学園長は、寮長がキミに愛を抱いていることに気がついてわざと元の世界に帰る手段を潰している。 問題児ばかりのこの学園が今ひとつとなろうとしているのなら、学園長は喜んで手を下すだろう。 「イデア寮長だって、弟に会いたいと思ったら全力を尽くすでしょう?」 彼の首には、あのマレウス・ドラコニア氏にしめられた跡があった。 ああ、これに腹を立てたんだろうな、ヴィル氏。 ヴィル氏に不愉快だと切り捨てられたこの大きな桜の木。 来年はもう花を咲かさない。 当然の結果だった。 精神衛生的によろしくないあの光景に、どうしようもない現実にグリム氏は暴走してしまった。 魔獣の恐ろしさを初めて知った。 言葉も通じず、大地には青白い火を噴き放ち天空の覇者となっている。 7つの寮が力を合わせてもかなわなかったのに、監督生は諦めなかった。 魔法は使えないけれど魔法道具は使える。 監督生は魔法道具を使ってグリム氏を懸命に助けようとした。 監督生はグリムを正気に戻そうとして、オーバーブロットになったその石をつかんだ。 そしてグリムの暴走は止まった。 しかしここで問題が生じた。 グリム氏は暴走が止まるが魔力を失い存在を保てなくなった。 グリム氏は監督生の姿を見て幸せそうに笑って消えた。 監督生はオーバーブロットに触れてしまい闇の魔法に取り込まれた。 監督生はその結果、魔法が使えるようになった。 魔法が使える体につくり変わるから記憶が混乱したのだろう。 目を覚ました監督生が記憶を失っていると、寮長たちはこぞって喜んだ。 ゼロから関係を作ることができると息巻いていた。 人間の愛し方なんて知らない彼ら。 監督生が女性だとわかると彼らはさらに喜んだ。 記憶がない監督生は今日も、彼らから逃げられない。

次の

文化放送報道部ブログ パレードのあとで。: きょうの1枚 アーカイブ

会 いたい ん だ 今 すぐ その 角 から 飛び出し てき て くれ ない

怖いもの知らずというのはある意味最強で、何が最強かと言ったら何を恐れなければいけないか考えていないためノープランでも動こうと思える行動力を生み出してしまうからだ。 大人になるとメリットデメリットを天秤にかけて損得を考えながら動くが、いかんせん子供というのはそこまで考えないもので……。 「めーしつかいさがす人こーのゆびとーまれっ!」 「はーい!」 車いすに座った少女のもとに、四人の仲間が集う。 カラフルな見た目の子供たち。 モナカ、大門大、煙蛇太郎、空木言子、新月渚。 「すっげーな!これが希望ヶ峰学園か!城だ城、魔王の城!」 「ううう、大人がいっぱいいて怖いよ……」 「ここではどんなきゃわいい出会いが待っているでしょうか!」 「おいおい、最初の目的を忘れるなよ」 校門のわきでこそこそと大声を出しながら戦士たちは作戦会議を繰り広げる。 「いいか、今回の目的は、この間仲良くなったお兄さんたちに会いにいくことなんだ。 でも、忍び込むのがバレたら追い出されるから、慎重にやるんだぞ」 「わかってるって!俺たちの力があれば気づかれずに侵入するなんて朝飯前だ!」 「あ、あのお兄さんに僕ちんの新しい工作を見てもらうんだ……」 「今度はどんなお姉さんで、間違えましたどんなお姉さんと遊んでもらいましょうか!」 「さあ、みんなで出発するのじゃ~!」 勢いよく乗り込む戦士たち。 学園の敷地へ一歩入り込んだ。 [newpage] が。 「君たち、何をしているの?」 あっさり見つかった。 しかも、それは彼らが会いたがっていた狛枝たちのクラスではなく、一期後輩の苗木誠たちのクラスであった。 「おい苗木、何してんだよ」 ゾロゾロと彼らの仲間がやってくる。 「あら、どうしましたの、この子供たちは」 「わー、かわいい!」 「もう暗くなんぜ、ガキはガキの家に帰りな」 こんなところで子供がいるのがそもそも珍しい。 みんなワイワイ騒いでいる。 苗木は少し前かがみになって彼らに話しかけた。 「えっと、どうしたのかな?迷子」 「迷子なんかじゃないや!」 「まって、大門」 渚が大を抑えて一歩前に出た。 「勝手に入ろうとしたのはごめんなさい。 でも、僕たち狛枝さんに会いに来たんだ」 「狛枝さんに?」 「知り合いだから。 でも、どこから入ればいいかわからなかったから、とりあえず正門から入ろうと思って」 嘘ではない。 忍び込む気まんまんだったが、それはい言うまでもないことだろう。 「まいったな、77期の人たちは今学年集会をやっているから、なかなか会えないよ」 「でも、僕らもせっかくここまで来たんで、それが終わるまで待たせてくれませんか」 真面目な顔でいう。 彼はこの中でも大人びている方だ、と苗木は感じた。 「がんばれー、新月!」 「渚くーんファイトですー!」 「おぉー、神よー、彼に力を与えたまえ~」 「ちょっと黙っててくれないか、君たち」 「がんばれ~新月くん~」 緑髪の女の子の声掛けにだけ、彼は顔を赤らめた。 ああ、やっぱりこういう反応は子供そのものだ、と苗木は考えを改めた。 「おいうるさいぞお前ら」 賑わいをかき消すようにやってきたのは、十神白夜だ。 「ここはガキの来るところじゃないんだ。 とっとと追い返せ」 「でも、知り合いに会いに来ただけみたいだし」 「黙れ苗木」 「いいじゃん別に~」 朝日奈は抗議したが、十神にはもうひとり応援がいた。 「だ、黙りなさいよ!白夜様が帰れって言っているんだから帰りなさいよ!」 腐川冬子だ。 「なんだよー、いいじゃねえか!」 大が一歩前に出て文句を言う。 背の高い十神は彼を見下ろして、いや見下して淡々という。 「お前らの都合なんて俺が知ったものか。 耳障りなガキはさっさと帰るがいい」 「なんだとー!この魔物っ!」 大は十神のすねを蹴っ飛ばした。 「がっ……!」 「こ、このガキ!白夜様の綺麗な御御足になんてことを!」 「やべっ、逃げろ!」 鬼の形相になった腐川の手から大は逃げる。 「まてこのガキ!」 「ちょっと、十神くん!」 子供たちは顔を見合わせた。 こういう時はすぐに意思疎通ができるのだ。 「にっげろ~!」 子供たちは四方に散っていく。 「あ、まって!」 「追っかけろ!」 こうして高校生と子供たちの追いかけっこが始まった。 [newpage] 「ったく、なんで俺たちがガキ相手に追いかけっこなんてしなきゃいけねーんだよ」 「ったりーなぁー!」 大和田紋土、桑田怜恩の二人は寄宿舎の廊下を進んでいた。 ニット帽とマスクを付けた子供の一人がこっちに逃げ込んでいたのだ。 「さっさと捕まえて終わりにしちまおうぜ」 「めんどくせー」 彼らがもうすぐたどり着く曲がり角に、蛇太郎は隠れていた。 「うう、よりによって一番怖そうな二人が来ちゃったよ……。 ど、どうしよう……」 彼はしょっていたリュックサックの中身を探った。 「よ、よし。 これで……」 大和田も桑田も真面目には探していない。 せいぜい人影を追っている程度だから、注意力は散漫である。 蛇太郎は取り出したミニカーを床に置くと、狙いを定めてふたりの方に滑らせて送った。 「まあ、先公に見つかってもめんどくせえしな」 「へん、見つけたらお尻ペンペンの刑ってか」 と、その時蛇太郎が角から飛び出した。 「みつけた!」 二人が踏み出そうとしたとき、ちょうど足の下にミニカーが……。 「おわっ?! 」 「アポッ!? 」 二人はミニカーを踏んづけ、背中から床に倒れ込んでしまった。 「やった!魔物はぼくちんが倒したぞ~!」 仰向けに寝っ転がっている二人を尻目に、蛇太郎は駆けて逃げていった。 「……やれやれ、ガキはこれだから……」 「おい桑田、お前バット持ってるか?」 「部屋に行けばある」 「よし、俺にも貸せ」 大和田のこめかみにはミミズのように太い血管が浮かび上がっていた。 「大人を舐めるとどうなるか教えてやろうじゃねえの」 「久々に俺のバットをフルスイングさせてもらおうかねえ」 蛇太郎、自らをピンチに追い込む。 「桑田、そのバット釘刺してもいいか?」 「ダメ」 [newpage] 「くそっ、あのクソガキ……!どこに行きやがった」 普段冷静沈着で売っている十神が、鬼のような形相で子供を追いかけている。 普段の彼を知っているものであれば滑稽に見えて仕方がない光景だろう。 「びゃ、白夜様、も、もしあたしがあのガキを捕まえたら、その、あたしを……」 「ああいいだろう。 蔑み詰ってやる」 「光栄です!」 大人のやり取りって怖い、と思いながら大は茂みから彼らを眺めていた。 「あんなところにいられちゃ出ていけないぜ……!」 大はポケットを探った。 そこにはパチンコがあった。 パチンコ玉も前のポケットには入っている。 「よし、これであいつらを追っ払ってやる!」 彼は狙いをつけて、パチンコ玉を放った。 ゴムの勢いで飛び出したパチンコ玉は背中を狙って撃たれた……、が。 狙いがわずかに下にそれて十神の尻にクリティカルヒットした。 「ぐあっ!? 」 突然の臀部への痛みで、思わず十神は崩れ落ちた。 「な、なんだこれは……!」 くすんだ銀色の玉を彼は目にした。 「な、なんだこの弾丸は……!あのガキ、どんな銃器をもっているというのだ……!」 「びゃ、白夜様!」 腐川が心配して駆けよった。 「大丈夫ですか、白夜様!」 「うるさい!」 彼は手で腐川を追い払った。 が、その手が鼻先にあたってしまった。 「ヘッキュシュ!」 「なっ!」 「ギャッハーーーー!殺らせてくれなきゃダメよダメダメ!日本腐女子連合ことジェノサイダー翔ちゃんでーす!」 「なんだその肩書きは!」 尻を抑えながらツッコんでも様になっていない。 「あーららららららん?白夜様!? どうしたの、そんな素敵なところを押さえちゃって!どうしたの誰にやられたの?! ってか誰に掘られたの!? 」 「馬鹿か貴様!」 「すぐに手当が必要ね!さあ、見せてごらんなさいなアタシがすみずみまで念入りに手当してあげるからぁ!」 「やめんかきさまぁ!」 逃げる十神を追いかける腐川。 結果として追い払うのは成功したが、怯えた大はしばらくそこから動けなかった。 [newpage] 「はぁ、はあ、はぁ、ど、どこに行っちゃんたんだろう……」 廊下をとことこ駆けていく千尋。 さっきこちらにピンクのツインテールの女の子が逃げてきたはずなのだが。 「先生に見つからないうちに見つけて上げないと……」 がらっ、と空いている教室の一つを開けてみた。 「あ、見つけたよ!」 教室の隅っこで、彼女は丸まって震えていた。 「う、う……」 言子はしくしくと泣いていた。 「も、もう怖くないよ。 大丈夫だから、ね?」 千尋は彼女の肩に手をかけて上げた。 「う、うわああああん!」 彼女は千尋の胸に飛び込んできた。 「ちょっ!」 「うわあああん、怖かったですう、助けてきゃわいいお姉さんー!」 と、言いつつ言子は顔を左右に動かして、胸に顔を埋めようとした。 のだが。 「……固い?」 「……」 「なんで、女子高生ともなれば、いくらぺったんこでも多少なりとも胸に柔らかさがあるはずですのに!」 「……ごめん、ボク、男なんだ……」 沈黙。 「ええええええ!こ、こんなにきゃわいいのに男の子なんですか!ありえません、嘘ですううう!」 千尋を突き飛ばし、逃げようとする言子だったが、すぐさま別の人物に捕まった。 「あらあら。 うふふ」 そこに立っていたのは、セレスだった。 「セレスさん!」 「うわああん、お人形みたいできゃわいいお姉さーん!言子今いろんな意味で怖い目に会いましたー!」 懲りずにセレスの胸を狙う言子だったが。 ガシッ。 「うふふ。 わたくしそう言う趣味はありませんの」 「あぅ」 「わたくしの胸を触るには、百万年早いですわ」 その冷たい眼差しを見て、子供ながらに言子は悟った。 地雷を踏んだ、と。 「不二咲さん、ちょっとこの娘とお話がありますので、少し教室から出ていてくださいな」 「せ、セレスさん!ダメだよ!女の子相手に暴力なんて!」 「心配ありませんわ、わたくし、暴力ごとは嫌いですの」 「(絶対ウソだ)」 扉を後ろ手に閉めながら、セレスは言った。 「ただ、もうおイタをしないようにちょうきょ……、オシオキするだけですわ」 「いやあああああ!」 扉はパタンとしまった。 「……セレスさん、怖かった」 [newpage] 「モナカちゃん、大丈夫かな……」 隠れ、走り、渚は高校生たちを巻いていた。 インドア派に見える彼であるが、大には劣るもののかけっこ得意はあった。 子供特有の機敏さを武器にしながら、彼は今のところ一番逃げ切っていた。 「まてー!かけっこなら負けないよ!」 だが、さっきからしつこく追いかけてくる高校生がいた。 少し日に焼けた、見るからに体育会系の女子高生。 朝日奈の競争心を、却って渚は煽ってしまっていたのだ。 「いた、逃がすかー!」 「くそっ、速いんだよ!」 息を切らしながら、渚は疲れてきた。 いかに体育が得意とは言え、所詮は子供、体力の容量は断然違った。 後ろを目にし、前を振り返ると。 「そこまで」 突然目の前に現れた人影があった。 「うわっ!」 渚は思わず立ち止まる。 「戦刃ちゃんナイス!」 「追いかけっこだと思うから逃げる相手を追うだけになる。 狩りだと思えば相手の動きを予測して動くのは容易い」 なんだか物騒なことをその高校生はドヤ顔で言ってきた。 「捕まえた!」 朝日奈は渚を後ろから抱きしめ捕まえた。 「くっ、離せ!魔物!」 「ちょっと、誰が魔物よ!」 「離せ、離せ離せ!」 ジタバタと暴れる渚の、朝日奈を振り払おうとする手が何かに当たった。 「きゃっ!」 思わず渚を離す朝日奈。 自分の手を見る渚。 なにか柔らかいものが当たった気がする。 朝日奈は顔を真っ赤にして、自分の胸を押さえている。 「ど、どこ触ってんのよ、エッチ!」 「ぼ、ぼくはえっ……、エッチなんかじゃない!」 「エッチだよ!」 朝日奈は彼を突き飛ばした。 「うわっ!」 バランスを崩して渚はむくろにもたれかかった。 思わず手をつこうとした先には、むくろの胸が。 思わず飛び退くが、むくろの顔から表情が失せている。 「……」 「さ、触ってないぞ!だ、大体そんなありもしない胸触る訳ないだろうが!」 「……は?」 フェンリルが誇る絶壁の婦人、もとい鉄壁の布陣であるむくろのスイッチが入った。 「い、戦刃ちゃん」 「朝日奈サン。 作戦を変えるよ」 「え?」 「狩りだと思って動くのはもうやめる。 これからは……」 スカートのベルトからキラリと光るものを抜き出した。 「狩る」 「戦刃ちゃんナイフはダメだよ!」 「殺す」 「うわああああっ?! 」 傍から見たら、少年が刃物を持った女子高生に追いかけられる事案が発生する光景になっていた。 [newpage] 「うーん、困ったなぁ」 人気のない教室に逃げ込んだモナカ。 逃げ込んだはいいが、大人を振り切るスピードで電動車椅子を走らせてしまったため、バッテリーが切れてしまったのだ。 モナカの車椅子は自走用ではないので、動けなくなってしまった。 「困ったなぁ。 誰か来てくれないかなぁ」 簡易充電用のコードはあるが、車椅子の後ろに設置されているので手が届かない。 人を呼ぶ様のクラクションもバッテリーが切れてしまっていては使えない。 「うーん。 こんな時に電気系の魔法が使えたらいいのに」 でも、いつまでも仲間を頼ってばかりはいられない。 自分だって頑張って、頼ってもらえる人間にならなければいけないのだ。 「よーし!モナカもがんばるぞ~!」 うんしょ、とペダルを上げ、両足を地面に下ろす。 歩行のトレーニングに使う補装具ではないので、余計モナカにとっては立位を保持しにくかった。 手をついて、よろよろと立ち上がる。 車椅子を伝って後ろに回る。 バッテリー用のコードを手に取って、コンセントを探す。 コンセントがある箇所は、そこからほんの数メートルの距離なのに、支えもなしにモナカが歩いていくにはかなりの道程に見えた。 「モナカも~、がんばるから~!」 自分で自分を励まして、モナカはゆっくりと歩く。 一歩ごとにかなりの力を入れながら、歩く。 もう少し行ければ、壁に手をついて歩ける。 そう思って、一瞬気が緩んでしまった。 危ない、と思って足に力を入れようとしたら、逆にバランスを崩してしまった。 「きゃっ!」 「危ない!」 召使いの声がした。 床に倒れそうになったモナカを抱き抱えて、下敷きになった人がいた。 「……召使いさん?」 「いたた、大丈夫?」 モナカを抱えていたのは、召使いではなかった。 彼とそっくりな声をしているもっと小柄な高校生、苗木だった。 「うっぷっぷ、あんたねえ、もっとスマートに助けられないの?」 車椅子を手動に切り替え、江ノ島盾子が壁際まで持ってきた。 「ほら、立てる?いくよ、せーのっ」 二人がかりでモナカを車椅子に座らせた。 「あはは、捕まってしまったなり~」 「もう、危ないことをしちゃダメだよ」 苗木はモナカの肩を抑えて、叱った。 怖くはなかった。 だが、こちらを思いやってくれている叱り方。 モナカのように、やんちゃないたずらをすることがあった妹を持っている苗木ならではの叱り方だった。 「……ごめんなさい」 車椅子を押して、コンセントに届くところまで持っていった。 「充電している間、アタシが見張っておくから。 苗木、あんたは他のちびっ子たちを探してきな!」 「うん、頼むよ、江ノ島さん」 苗木は教室を出て行った。 「……あのお兄ちゃん、どうしてモナカを助けてくれたのかなぁ?」 盾子は隣に椅子を持ってきて座った。 「あいつはねえ、そういうやつなの。 下手したら自分だって頭ゴチンしていたかもしれないってのにね。 うっぷっぷ!」 「変なの~。 召使いさんみたい……」 「そうよ~苗木は変なやつなの~。 ……でも、そこが面白いのよねぇ」 クスクス笑いながら盾子は手を付く。 「お姉ちゃんはどうしてモナカを見張ってるの?」 「見張ってないわよ、話がしてみたかっただけ。 あんたたちみたいなハプニングを持ち込む輩、アタシ大好きだから」 「変なの」 「かもしれないけどね。 あんたに一つ忠告してあげるわ。 ハプニングっていうのはね、直接自分で手を出さないこと。 周りをうまく扱って、それでいて自分に累が及ばないようにするのが一番なのよ。 自分は痛い目を見ないように、ね」 「モナカにはそんなの難しいよ~」 「うっぷっぷ。 いつかはできるようになるわよ」 盾子はモナカの髪をクシャクシャに撫で回した。 遠慮はないが、どこか優しい手だった。 「うう、ごめんなさい……!」 「もう疲れちまったよ、このやろう」 「お尻ペンペンはなしだ、なし」 追い詰めた蛇太郎にガチ泣きされてしまい、大和田も桑田もそれ以上怒ることができなかったのだ。 「大人って、怖い……」 「……」 「残念ね、アタシ好みのショタボーイだったらもっとひどい目にあってたわよん」 ある意味大人の恐ろしさを痛感させられた大は、借りてきた猫のようにおとなしくなっていた。 おとなしくなっていたのはもう一人。 「もうお嫁にいけません……!」 「そんなことありませんわ。 世の中にはいろんな大人がいますから、その気になればどうとでも貰い手はあります」 「セレスさん、ひどい」 言子が何をされたのかは本人の名誉のために伏せる。 「本物のナイフ振りかざすなんて大人気ないぞ、この暴力軍人!」 「黙りなさい」 「戦刃ちゃん、相手は子供なんだから」 「黙りなさい」 ある意味、もっとも命の危機にさらされた渚が一番元気だった。 「はいはい、最後の一人確保~」 盾子がモナカの車椅子を押してきた。 「バッテリー切れるといけないから、交代で押して行ってもらいな」 「うん!」 「なんだか一人だけ仲良くなってんじゃねーかよ。 江ノ島ちゃん何があったの?」 「女の子同士の秘密ってもんよ」 桑田の質問を盾子はさらりとかわす。 「よかった、みんな見つかったんだね」 苗木がやっとみんなと合流した。 幸い、教員とも自らず彼らだけで騒ぎを収集できた。 同時に、スピーカーから七つの子の音楽が流れてきた。 夕方の五時の合図だ。 「ほら、もう暗くなるから、みんな帰りな」 はーい、と子供たちは渋々動いた。 「ねえねえ、アンテナのお兄ちゃん!」 ウィーンと車椅子を動かしてきて、モナカが苗木の前にまでやってきた。 「なあに?」 「今日は、助けてくれてありがとうなのだー」 「ふふっ、どういたしまして」 苗木はにっこり笑った。 「お礼にねー、お兄ちゃんが大人になったら、モナカがお嫁さんになってあげるのだー」 「えっ?! 」 モナカは満面の笑みで続ける。 「お兄ちゃんがモナカのお婿さんでー、召使いさんも一緒にいてー、それでみんなと一緒に暮らすのだ~!みんな幸せになるんだよ~」 「うっぷっぷ」 江ノ島は苗木の方に手を置いた。 「モテモテね、苗木ぃ」 「え、江ノ島さん」 桑田と大和田は爆笑した。 「ギャっはっは!苗木、よかったじゃねえか結婚相手が見つかて!」 「桑田、ちょっと黙って」 「え?」 「お黙りなさい」 「え?」 「殺すよ」 「アポッ?! 」 女子たちに威圧され、桑田は黙ってしまった。 「じゃあね~!また遊びに来るよ~」 子供たちは夕焼け小焼けの中、帰路に着いていった。 苗木の受難の種がまたひとつ増えてた。 [newpage] 『あとがき』 ダンガンロンパの二次創作小説をお読みくださいましてありがとうございましたー。 さて、今回は希望の戦士たちとチーム苗木と愉快な仲間たち 笑。 コメントのリクエストにもありましたが、この構想は前回の希望の戦士たちを書いてからすぐに浮かんではいました。 78期生と彼らを絡ませるなら、鬼ごっこだろうな、と思ったのでこうさせていただきました。 蛇太郎と大和田、桑田。 この三人は完全にホームアローンを意識して書いてみました。 もっといっぱい罠を仕掛けて見たかったですけどねー。 意外と大和田と桑田の組み合わせって少ないのかな。 見た目がおっかない男子ふたりだから? 十神ファンの皆様、失礼しました 笑。 十神がパチンコ玉にびっくりするだけにしようかとも思ったんですが、なんでかああなってしまいました。 十神のお尻がどうなったかはご想像におまかせします。 言子ちゃんはなんとなくセクハラが成功しないパターンです。 男だって知らなければ、確実にきゃわいいお姉さんと思い込まれていたでしょうねぇ。 セレス様も胸は多分Aランクでないと攻略できない。 渚くんはもうあれですね、ラッキースケベのポジションになるのが一番いいと思います。 エロくないやつがエロいハプニングに巻き込まれるのが一番面白い。 絶壁の婦人ネタは以前とある小説のコメントに投げたネタですが、気に入ったので使いました。 モナカと江ノ島は、多分このくらいの出会いで一番いいと思うんですよね。 ちょっと素敵なお姉さんとまだわかっていない女の子、って感じで。 オチの部分は、「お兄ちゃんをお嫁さんにしてあげるのだー」って書きそうになって焦りました。 なぜって違和感なさそうで怖いから 笑。 希望の戦士はこれからもいいトラブルメイカーになってほしいものです。 トラブルばかりでも困りますけどね。 次の作品も程よいトラブルを書いてみます。 それではありがとうございました。 以上葉月2でしたー。

次の