エリクソン 発達 段階。 あなたは大丈夫?エリクソンの発達課題は実は大人になってからも続いている!

エリクソンの「発達段階」を知ろう。年齢別「発達課題」はクリアできてる?

エリクソン 発達 段階

エリクソンの心理社会的発達理論とは エリクソンの心理社会的発達理論とは、アメリカ合衆国の心理学者エリクソン,E.H.が提唱した、発達に関する理論です。 エリクソンは、フロイト,S.が提唱した心理性的発達理論を拡張して心理社会的発達理論を提唱しました。 心理性的発達理論では、人の出生から思春期までの発達を対象とし、自我の発達を性的または生物学的な側面を重視されていました。 しかし、エリクソンは、人の発達が加齢に伴う生物学的な成熟や衰退だけでなく、出生から死まで生涯にわたるものであり、社会との相互作用によって進むと考えました。 そして、発達における社会的な側面を重視し、心理社会的発達理論を提唱しました。 MEMO 心理性的発達理論:人の行動の基盤に性的欲求(リビドー)を想定し、発達に伴って性的欲求が充足される身体の部位が変化し、それに応じた人格が形成されると考える理論 心理社会的発達理論の特徴 心理社会的発達理論では、人が「生涯を通して発達する存在」であるという生涯発達の視点を前提として、人の発達は、あらかじめ予定された発達段階に沿って進み、各機能の発達には臨界期が存在すると説明されます 生物学的漸成説。 そして、発達の各段階には発達課題があり、それがポジティブに解決されるかネガティブに解決されるかによって人格が影響を受け、ポジティブに解決できれば「自分は自分である」ということを自分と他人が認識できる状態が得られるとされています 同一化。 各発達段階では、成長に向かうためのポジティブな力と退行に向かうネガティブな力がせめぎ合う状態にあり、2つの力のバランスが人の発達に影響を及ぼすとされています。 具体的には、ポジティブな力がネガティブな力を上回って発達課題が解決されることにより、社会に適応できる健康的な発達を遂げ、社会内でより良く生きる力(人格的活力)が獲得されると考えられています。 ただし、ポジティブな力とネガティブな力がせめぎ合う状態は生涯を通して続くものであり、各段階でポジティブな力がネガティブな力を上回る経験を積み重ねることが大切なのであって、ネガティブな力が一時的にポジティブな力を上回っても人生が台無しになることはありません。 一方で、ポジティブな力が一時的にネガティブな力を上回ったとしても、その後、ネガティブな力に押しつぶされて社会生活に支障が及ぶ可能性もあります。 エリクソンの発達段階 エリクソンは、心理社会的発達理論において人の発達を8つの段階に区分し、各段階に発達課題と課題がポジティブに解決された場合に獲得されるものを設定しました。 乳児期 出生~2歳 :基本的信頼vs不信 乳児期の発達課題と危機は「基本的信頼と不信」であり、この2つがポジティブな力とネガティブな力として拮抗していると考えられます。 この時期の赤ちゃんは、養育者から母乳やミルクをもらい、オムツを交換してもらい、気分が悪いとあやしてもらうなど、生活全般を養育者にお世話してもらわないと生きていくことができません。 そして、養育者から適切かつ親密に養育され、愛情や甘えを受容してもらう経験を積み重ねることにより、外界に対する安心や安全、養育者への信頼を抱き、基本的信頼感が育まれます。 基本的信頼感とは、他人から自分のありのままを受け入れてもらうことができるという「他人への信頼感」と、自分は他人から大切にされる価値のある存在であるという「自分への信頼感」のことです。 基本的信頼感は、人が発達の過程で自分と他人を信頼し、情緒的かつ継続的な人間関係を構築する土台となる感覚であり、乳児期のうちに十分に育まれなかった場合、その後の発達の中で自分や他人への不信感を抱くようになります。 ただし、心理社会的発達理論では、信頼感だけを持てば良いのではなく、欲求が満たされない状態に置かれて不信感を経験しておくことも大切だと考えられています。 養育者が赤ちゃんの欲求を全て満たしてあげたいと思っても、全ての欲求を満たすことは実現困難ですし、社会においても欲求が全て満たされることはまずありません。 そのため、欲求が満たされないことで生じる不信感も経験しながら、養育者から欲求を満たしてもらう経験によって不信感を上回る信頼感を持つことが大切であり、それによって「希望」というより良く生きるための力が獲得されると考えられています。 幼児期前期 2~4歳 :自律性vs恥と疑惑 幼児期前期の発達課題と危機は「自律性vs恥と疑惑」です。 この時期の子どもは、「言葉の爆発期」を迎えて言語能力が急激に向上し、言葉を使った会話などのやりとりが増加します。 子どもに自我が芽生え、「何でも自分でやる。 」と主張して実際に行動するようになり、養育者のしつけに耳を貸さなくなったり、口答えしたりすることも急増します。 こうした変化により、養育者から赤ちゃんや子どもへの一方的なやりとりが多かった乳児期とは一変し、養育者と子どもの双方向のやりとりが増えていきます。 しかし、この時期の子どもは、「自分でやりたい。 」と思っても上手にできずに失敗することが多く、養育者から叱られて恥ずかしさや自分への疑惑を抱いたりします。 こうした「自分でやりたい」というポジティブな力と、「失敗するかもしれない。 」というネガティブな力がせめぎ合った状態で、葛藤しながら行動を起こして成功する経験を積み重ねることで、自律性が身につき、自主性につながる「意思」が獲得されると考えられています。 例えば、この時期の子どもはトイレットトレーニングを受けます。 トイレで排泄できれば自信を持ち、失敗すると恥ずかしさや自分に対する疑惑を抱きますが、そうした成功と失敗を繰り返し、成功が失敗を上回ることで自律性が備わっていきます。 しかし、養育者の過剰な干渉や叱責を日常的に受けていると、自発的に行動しようという意欲や自信が持てなくなり、恥や疑惑ばかりを感じるようになります。 そのため、養育者としては、子どもの自発的な行動を見守り、成功すれば大いに褒め、失敗すれば最低限の注意をして、成功へのアドバイスをする姿勢が大切です。 幼児期後期 4~6歳 :自主性vs罪悪感 幼児期後期の発達課題と危機は、「自主性vs罪悪感」です。 この時期の子どもは、自分で考えて行動する自主性が見られるようになり、周囲に対して自ら働きかけるようになります。 言語能力も運動能力も発達し、対大人と対子どものいずれでも会話による意思疎通が円滑に行えるようになり、子どもだけでルールを作ったり、大人の真似事をしたりして遊ぶことができます。 しかし、自主的に行動して周囲に働きかけていくことは、同年代の子どもとの競争や衝突を生じさせます。 そして、自主的に行動して失敗し、大人から注意や叱責を受けるこにより、失敗して周囲の失望や叱責を招くのではないかという感覚(罪悪感)を抱くようになります。 自主性が過剰に発揮された結果、力づくで人や物を取ったり、愛想を振りまいて人や物を得ようとしたりして他人の反感を招き、罪悪感を抱くこともあります。 そのため、自主的に行動して失敗する経験をしながら、それを上回るだけの成功経験を積み重ねることににより、罪悪感よりも自主性が強くなり、「目的を持つこと」が獲得されると考えられています。 一方で、養育者を含む大人から叱責や注意されてばかりの子どもや、他の子どもと比較されてばかりの子どもは、罪悪感を募らせて自信を失い、自主的な行動を抑制してしまいます。 学童期 6~12歳 :勤勉性vs劣等感 学童期の発達課題と危機は「勤勉性vs劣等感」です。 学童期は、小学校入学から卒業までの時期であり、主な生活空間が家庭から学校へ移り、教師や同年代の子供など家族以外と過ごす時間が大幅に増える時期です。 この時期の子どもは、学校という空間で同年代の子どもと過ごす中で互いに興味関心を抱き、一緒に行動するようになります。 幼児期後期までとは比較できないほど多くの知識やスキルを学習することになり、自分の能力が成績という形で評価される機会も増加します。 子どもは、同年代の子どもと関わり、彼らと比較・評価される状況の中で、自分の得意なことと不得意なことを理解し、努力や工夫によって自分の目的を達成しようとします。 当然ながら、努力しても工夫しても結果が出ず、悔しさを感じたり自信を無くしたりすることもあります。 そうしたときに、周囲から励ましや労いを受けることで「やればできる。 」という有能感 自己効力感 が育まれますが、認められなかったり否定されたりする経験が続くと「やっても意味がない。 」という劣等感を抱くことになります。 学童期には、劣等感を抱きながらもそれを上回る勤勉性の経験を積み重ねることで、「自己効力感」が獲得されます。 青年期 12~22歳 :同一性vs同一性拡散 青年期の発達課題と危機は「同一性vs同一性拡散」です。 青年期とは、第2次性徴による身体の急激な変化 性的成熟 、異性への関心の高まり、性的欲求の衝動などが起こるとともに、自我意識の高まりや内省的傾向などの心理的変化も著しい時期です。 また、心身の急激な変化に戸惑いながら、学童期よりも多種多様な同年代集団の中で生活することになり、他人と自分を比較して劣等感を感じたり、周囲からの評価に落ち込んだりする機会も多くなります。 こうした状況下で、「自分とは何か。 」、「自分らしさとは何か。 」というアイデンティティの問題と直面します。 発達心理学では、「自分とは何者か」という自己定義や、自分が社会の中で何を為し、どのように生きるかという自覚や存在意識という意味でアイデンティティという単語が使用されます。 引用:psycho-lo そして、家庭、学校、部活、塾など所属する複数の集団の中で異なる自分の役割を担い、多種多様な人と関わる中で、理想とする人の言動や考え方を真似したり 同一化 、彼らの欠点に気づいたりしながら、「自分とは何か。 」に対する自分なりの答えを見つけ出します。 ひとまずアイデンティティ 自己同一性 が確立され、自分が納得できる「ユニークな自分」や「自分らしい生き方」を獲得するのです。 アイデンティティの確立に至るまでには、所属する集団やその中の人間関係において自分の居場所を確保しつつ、これまでの自分を肯定できず、自分が何者で何をしたいか分からず、自分が自分であることも実感できない悩みを抱えて苦しみます。 アイデンティティ 自己同一性 拡散の状態です。 誰しも一度はアイデンティティの拡散を経験してもだえ苦しみます。 そして、長い期間をかけて少しずつ自分のアイデンティティを見いだして、所属する社会への「忠誠性」を獲得していきます。 エリクソンは、青年期における発達課題の克服が他の時期よりも複雑かつ困難であるとして、青年期の子どもがアイデンティティを確立させるためには、社会的な責任や義務を果たすことが猶予される期間 モラトリアム が必要だと考えました。 MEMOモラトリアム:青年期の子どもがアイデンティティを確立させるために、社会的な義務や責任の負担を猶予することが社会的に許された期間 成人期 22~40歳 :親密性vs孤独 成人期の発達課題と危機は「親密性vs孤独」です。 青年期を通して身体的に大人になり、「ユニークな自分」を自覚して精神的にも成熟した後は、社会に出て社会的な義務や責任を担うことを求められます。 成人期は、勤務先など自分が所属する社会の中で義務や責任を担い、友人や恋人と親密な関係を築く時期とされ、親密性の獲得が発達課題となっています。 親密性の獲得には、自分自身の価値観や考えを自覚し、異なる価値観や考えを持つ他人と互いに受容しあう必要があるため、青年期にアイデンティティが確立されていなければなりません。 人間関係をうまく築けず自信をなくしたり、自分の価値観や考えが揺らいだりする経験をして孤独感を抱くことも多く、親密性の獲得は一筋縄ではいきません。 こうした状況下で、自分自身を信頼し、その価値観や考えに自信を持って他人と関わり、互いを理解し合うことで他人との信頼や愛情が育まれ、孤独感を上回る親密性を得て「愛 幸福感 」が獲得されます。 そして、親密な関係性になった異性と結婚して家庭を築き、子どもを儲けて、親としての義務や責任も果たしていくことになります。 ただし、親密性を十分に獲得できないまま「親密な関係性になったと勘違いして」結婚すると、結婚後に夫婦間で情緒的かつ対等な関係が築けず、最終的に離婚してしまうことがあります。 壮年期、成人期後期 40~64歳 :世代性vs停滞性 壮年期の発達課題と危機は「世代性vs停滞性」です。 壮年期は、所属する社会で中心的存在として義務や責任を担い、知識と経験を蓄積して社会的地位も向上させ、家庭でも家事育児の経験を積み重ねた成人期を過ぎて、公私ともに変化が減って落ち着いていく時期です。 例えば、会社では自ら前面に出て活動するよりも、後進の育成や管理業務に従事することが多くなり、家庭では子育てが佳境を迎えて、子どもの巣立ちを見送ることになります。 つまり、これまでの人生で得た知識や経験を次世代の若者に伝達し、新しいものを生成することによって、自分自身も成長していく時期だと考えられているのです。 この時期の発達課題である世代性 Generativity とは、「知識や経験を継承し、新しいものを生成することで、次世代を支えるものを生み育んで関心を抱く」という意味を持つ、エリクソンの造語です。 Generativityは、エリクソンがgenerate(生み出す)とgeneration(世代)を合わせて作った造語であり、世代性以外には「生成継承性」とも訳されます。 次世代が求められたものを自ら積極的に伝達・付与し、新しい物を生み出していくことにより、さらに次世代を含む他人から求められるという好循環が生まれることにより、世代性が獲得されていきます。 しかし、次世代への関心が薄く、関わりも乏しく、求められても自身の知識や経験を伝えようとせず、関心が自分の欲求や満足に向いてしまうと、停滞に陥ります。 停滞に陥ると、世代性によって生じる好循環とは対照的に、求められても与えない、与えられないから求められなくなるという悪循環が生じます。 壮年期には、自己満足や自己陶酔から脱却し、次世代を育てることに目を向けて、自身の知識や経験を伝達、付与することで世代性を生じさせることにより、「世話」が獲得されると考えられています。 老年期 65歳以降 :自己統合vs絶望 老年期の発達課題と危機は「自己統合vs絶望」です。 退職して子育ても終え、老いと付き合いながら死に至るまで過ごす時期です。 身体的な衰えというネガティブな側面が注目されがちですが、エリクソンは、知識や経験などは発達を続けるという生涯発達の立場をとっています。 そして、自分自身の人生を振り返って肯定的に受け止められること 自己統合 を老年期の発達課題とし、自己統合ができず死の受容ができないと絶望という危機を招くと考えました。 老年期には、誰しも少なからず絶望を抱きますが、絶望を抱えながら人生を振り返って肯定的に受け止め、肯定的な受け止めが絶望を上回ることで自己統合がなされます。 公認心理師試験の出題歴 エリクソンの発達理論は、第1回公認心理師試験に出題されました(正答は 赤字)。 問15 E. Eriksonのライフサイクル論について、最も適切なものを1つ選べ。

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エリクソンの発達段階とは|特徴や概要を徹底解説

エリクソン 発達 段階

この記事はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2012年7月) 発達課題(はったつかだい、: developmental task)とは、「人間が健全で幸福なをとげるために各発達段階で達成しておかなければならない課題」であり、「次の発達段階にスムーズに移行するために、それぞれの発達段階で習得しておくべき課題がある」とされる。 また、各段階には健全と相反する危機(: crisis)が存在し、健全な傾向をのばし、危機的な傾向を小さくしなければならない。 者の(『人間の発達課題と教育』玉川大学出版部 1995年)が最初に提唱し、その後など様々な心理学者がそれぞれの発達課題を提言しており、その内容は一様ではない。 意義・特徴 [ ] 一般に、発達課題は次のような意義と特徴を持っているとされる。 自己と社会に対する健全な適応にとって必須のである。 本質的には一定の期間内で学習されなくてはならない。 その後も存在し続ける課題もあるが、その意義は弱化していく。 発達課題は、子どもから高齢者に至るまでの各年齢段階にある。 エリク・H・エリクソン提唱の発達課題 [ ] が提唱した発達課題の各段階とその心理的側面は、以下のとおりである。 左記が成功、右記が不成功した場合である。 年齢 時期 導かれる要素 心理的課題 主な関係性 存在しうる質問 [ ] 例 0—2 歳 乳児期 希望 基本的信頼 vs. 不信 母親 世界を信じることは出来るか? 授乳、愛着 2—4 歳 幼児前期 意思 自律性 vs. 恥、疑惑 両親 私は私でよいのか? トイレトレーニング、更衣の自律 4—5 歳 幼児後期 目的 積極性 vs. 罪悪感 家族 動き、移動し、行為を行ってよいか? 探検、道具の使用、芸術表現 5—12 歳 児童期 有能感 勤勉性 vs. 劣等感 地域、学校 人々とものの存在する世界で自己成就できるか? 学校、スポーツ、仲間意識 13—19 歳 青年期 忠誠心 同一性 vs. 同一性の拡散 仲間、ロールモデル 私は誰か? 誰でいられるか? 社会的関係、学業 20—39 歳 初期成年期 愛 親密性 vs. 孤独 友だち、パートナー 愛することが出来るか? 仕事、恋愛関係 、育児 40—64 歳 成年期 世話 生殖 vs. 自己吸収 家族、同僚 私は自分の人生をあてにできるか? 管理職、子供の自立 65歳 - 成熟期 賢さ 自己統合 vs. 絶望 人類 私は私でいてよかったか? 人生の反響 、終活 エリクソンの場合、必ずしも成功のみが賞賛されているわけではなく、不成功もそれなりに経験する必要性もあるとされている。 両者の統合したものが正常な成長に寄与する。 また前段階の発達課題は次段階の発達段階の基礎となるので、エリクソンの発達課題からなるライフサイクルはピラミッド型でよく表される。 乳児・幼児の区切りは3歳児神話・3年保育の一般化により、3歳が区切りであるし小学校入学は6歳でもある。 児童期の幅は大きく低学年は幼児っぽさが残っており、小学3~5年生はギャングエイジという仲間意識を身に付ける年齢であり、スポーツではゴールデンエイジと言って最も伸びる時期でもある。 また最近の子は成長が早く、6年生は思春期に入っており学級担任制が難しくなっている。 6-3制の本家アメリカでは5-3-4制(または4-4-4制)が主流になっており、日本でも5-4制を導入したほうが良いという意見もある。 青年期は英語圏ではティーンエージャーであるが、日本では1年前倒しの中高生という言い方が一般的である。 成年期においては結婚・出産年齢が大きく左右し、最近は晩婚・未婚・DINKsが増えていており一律ではなくなった。 また平均寿命が延びたことにより前期高齢者(65~75歳)は元気になっており、まだまだ社会で活躍したいという人も増えている。 また終活ブームといって、死後に対して自分で責任をもつという考え方がでてきた。 参照 [ ].

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エリクソンの漸成的発達理論

エリクソン 発達 段階

は、それぞれの段階において、人々は進化への刺激になるようなターニングポイントとして心理的な対立を経験するのだ、と提唱しました。 こういった対立は特定の心理的素質を向上させる(あるいはさせない)ようになっています。 各段階の間、個人的に成長できる可能性は高いのですが、失敗の可能性もまた高いのです。 従って、対立に上手く打ち勝つことができればその人は新たな心理的強みとともに次の段階へと進むことができ、残りの人生の糧とすることができるのです。 しかしこういった対立を克服できなかった場合、その後に続く段階を乗り越えるためのスキルを得られないままということもあり得ます。 エリクソンはまた、達成感というのは行為や行動によって動機づけられるものだと仮定しました。 よって、彼の理論では各段階が人生のある地点において能力を得ることについて触れています。 その段階を上手く攻略できれば、その人物は優越感を得ることができます。 しかし、上手くその段階を乗り越えられなかった場合、その人物は発達のその地点において不全感とともに取り残されてしまうのです。 段階 1:信頼 vs 不信(0-18ヶ月) 発達段階の最初に、子どもたちは他人を信頼すること、もしくは信用しないことについて学びます。 信頼は愛着やと深い関わりがあります。 赤ちゃんは完全に保護者、特に母親に依存しているので、信頼の発達は彼らの頼り甲斐と人間性が基になるのです。 もし親が子に対して信用を第一に重んじるような愛情関係を示すことができれば、その子も世界を知る前にこのような立場をとることができるでしょう。 しかし親が安全な環境を提供せず、子どもの最低限のニーズも満たせない場合、その子はおそらく他人には何も期待しなくなってしまいます。 不信感は欲求不満や疑惑、あるいは無感覚に繋がってしまいます。 ある課題を一人で上手く達成できれば、その子は自立心を得ることができます。 ですので、子どもたちに決断させ、裁量を与えてやることで、親や保護者は彼らの自立心を育てることができるのです。 そうではない子どもたちは不安定さを感じてしまう傾向があります。 エリクソンは自立性と恥、そして疑惑の間のバランスを取ることが意欲へと繋がるのだと確信していました。 この意欲とは、子どもたちは適度な制約の中で意図を持って行動することができるという信条です。 段階 3:積極性 vs 罪悪感(3-5歳) エリクソンの提唱した第三の段階では、子どもたちは遊びという、社会的交流の重要な骨組みとなるものを通じて力や世界に対する支配力を強化し始めます。 個人的な積極性と、他者とともに何かに取り組もうという意欲が理想的なバランスになると、彼らは目的意識を発達させることができます。 この段階を上手く乗り越えられた子どもたちは自信を感じ、他人を導けるほど信頼されていると感じます。 こういった素質を獲得できなかった子どもは 罪悪感は、子どもたちが何か悪いことをした時にそれを認められる能力として現れる時には良いのですが、過度なあるいは不適切な罪悪感は子どもたちから挑戦の機会を奪ってしまいます。 なぜなら彼らは自分たちにはそれに立ち向かう能力が無いと感じてしまうからです。 罪悪感によって恐怖心が増大してしまうことはよくあります。 段階 4:勤勉性 vs 劣等感(5-13歳) この段階の子どもたちはより複雑な課題を行い始めます。 さらに言うと、彼らの脳はかなり成熟し、抽象的な話題にもついていけるようになります。 また、彼らは自分たちの能力だけでなく仲間たちの能力についても認識できるようになります。 実は、中にはさらに挑戦的で労力を要するような課題に固執する子どももいます。 それを達成して認められたいのです。 この段階期に適切なバランスを見つけることで、子どもたちは自らに与えられた課題をやりきる自分の能力について自信を持つことができます。 また、実際にその課題が達成可能かどうかを正確に判断し始めることも重要です。 子どもたちが自分が願うほどのパフォーマンスを実現できなかった場合、劣等感が生まれてしまいます。 この感情が適切に処理されず、気持ちを整理するにあたって誰からもサポートが得られなかった場合、この感情を二度と味わいたくないという恐れから、困難な課題はどんなものであれ拒否してしまうことになるかもしれません。 従って、課題を評価する際には結果がどうであれその子の努力を讃えてやることが重要なのです。 段階 5:アイデンティティ vs 同一性の拡散(13-21歳) 5つ目の段階では、子どもたちは10代となっています。 彼らは自らの性的なアイデンティティを見出し、将来どんな人物になりたいかという想像を膨らませ始めます。 成長とともに、社会における自分たちの目的や役割を見つけようとするだけでなく、自分だけの独自のアイデンティティを固めていこうとします。 自分自身に対して期待しているものと他人から期待されているものとの妥協点を見つけなければならないでしょう。 エリクソンに言わせると、この段階を上手く乗り越えることが大人になる上での土台となるそうです。 段階 6:親密性 vs 孤独(21-39歳) この段階になると、自我と社会の中での役割との間の混沌は終わりを迎えます。 この段階では普通、若い大人たちにとっての優先事項はまだ他人を喜ばせ、周囲に馴染むことです。 しかし、これは彼らが自分自信の境界線を引き始める段階でもあります。 それは、他の誰かを喜ばせるために犠牲にできるものとできないものとの境界線です。 ティーンエイジャーにも同じことが言えるのは事実ですが、意味合いが違ってきます。 彼らは受け身でいることを辞め、イニシアチブをとって積極的になるのです。 人はアイデンティティを確立し終えると、他の人々と長期的な関わりを持てる準備が整います。 親密で相互的な関係性を育めるようになり、その関係性を維持するのに必要な犠牲や努力を厭わなくなるのです。 こういった親密な人間関係が築けない場合、誰からも必要とされていない孤独感を感じ始めてしまうでしょう。 この段階でパートナーを見つけられなかった人物は、孤立している、あるいは孤独であると感じてしまいます。 孤独は不安感を生み出し、他人からどう思われるか、という恐怖による劣等感が生まれます。 他人にとって自分は不十分な存在であると信じ込み、それが 段階 7:次世代育成能力 vs 自己吸収(40-65歳) 成人期には、人々は生活を組み立て続け、キャリアや家族に集中します。 は、自分の家族や友人の輪の外側にいる人々のケアをすることについての言葉です。 人々が「中年」に突入すると、彼らの視野は自分自身や家族など、直接関わりのある環境から自らの属する社会やその遺産といったより広くより完全なイメージへと拡大します。 この段階では、人々は人生が自分自身のためだけのものではないことを認識します。 自分たちの行動を通して、社会の遺産の一部になるべく貢献しようとします。 この目標を達成すると、その人物は成功した、と感じるでしょう。 一方で、何にも貢献できなかったと感じてしまった場合は、自分は意味のあることを何もしてこなかった、あるいはその準備ができていない、と感じてしまうでしょう。 次世代育成能力が成人にとって必ずしも必要なわけではありません。 しかし、これが欠けていると達成感という大きな感情をその人物から奪ってしまいかねないのです。 段階 8:自己統合 vs 絶望(65歳以上) 心理社会的発達段階の最後の段階では、人々は統合か絶望かを選択することとなります。 加齢とは補償の必要な負債の積み重ねかのように思われがちです。 また一方で、残りの人生よりもすでに生きてきた年数の方が長いのだ、という感覚も存在します。 このような形で過去を振り返ると、絶望や郷愁を生み出す場合もありますし、あるいは逆に自分がしてきたことや達成してきたことは全て意義深いものだったという感覚になることもあり得ます。 この2つの考え方のうちどちらになるかが、その人物が現在そして未来に何を期待しているかを示唆しているのです。 自分の人生に対して完全なビジョンを抱いている人々は自分自身の過去に関しては何の問題もありません。 彼らは自分たちの存在を再確認し、単に自分自身のためだけでなく他者にとっても自分は重要なのだと認識するのです。 まとめ 心理社会的理論の強みの1つは、一生涯を通じた発達の仕方について知りたいときに使える幅広い枠組みを提供してくれるという点です。 また、この理論は人間の社会性や人間関係が私たちの発達に及ぼす影響についても思い起こさせてくれます。 しかし、エリクソンの心理社会的発達段階は連続して起こらなければならないのか、そして前述の年齢の時にのみ起こるのか、という疑問が生じるかもしれません。 人々が十代の間にのみ自身のアイデンティティを確立しようとするのか、あるいはある段階はそれまでの段階が完了しないうちは始まらないのか、どちらなのかという議論があります。 エリクソンの心理社会的発達段階の重大な欠点は、対立を解決するために必要な行動が正確には何なのかについて描写されていないという点でしょう。 この意味では、この理論では次の段階に進むためにどのようなタイプの経験が必要なのかは詳しく説明されていません。 Erikson, Erik 2000. El ciclo vital completado. Erikson, Erik 1983. Infancia y sociedad. Erikson, Erik 1972. Sociedad y Adolescencia. Erikson, Erik 1968, 1974. Identidad, Juventud y Crisis.

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