忠臣蔵 外伝 四谷 怪談。 【楽天市場】あの頃映画松竹DVDコレクション「忠臣蔵外伝・四谷怪談」:NHKスクエア DVD・CD館

恋多き女 高岡早紀の美爆乳がすごい、忠臣蔵外伝 四谷怪談で初ヌード披露

忠臣蔵 外伝 四谷 怪談

まぁ、今は、 歌舞伎座とかで、「東海道四谷怪談」も、 何度も観ているし、それの下敷きというか元になる部分の、 「仮名手本忠臣蔵」も観ているから… あと、仮名手本ではない、 実名キャラの、 真山青果の「元禄忠臣蔵」も通しで全部を一度に観れる機会はそうないからアレだけど、 代表的な話では何度も観ている演目もあるし… っていう、逆に今だから、 興味深く、この映画を観て楽しめるかも、 っていう気が湧いたので、 タイムシフト予約して、視てみることに…。 キャスト的には、高岡早紀が出ているってことで… もう、あんまり記憶も定かじゃないけど、 高岡早紀の色々と、人気絶頂の時期だったかな、とも思うし…。 (1990年頃のフルーツインゼリーのCM の時から、この頃位までだよね、きっと…高岡早紀が一番輝いてたのは…) それと、 佐藤浩市…当時は多分、まだまだ若いお兄ちゃんって感じの印象しか、 なかったような気がするけど…。 実際、この映画で、 どんな感じだったのか、視て確認出来れば、いいかな… っていう興味、があるよね…。 あとは、 この作品自体として… その、 歌舞伎の舞台芝居としての「東海道四谷怪談」っていうと、 舞台の名優が1人で何役も早変わりで演じ分ける、 とか…そういう早変わりで魅せる時の、 舞台装置の演出とか外連味を楽しむ趣向、で創作されたお芝居だけど、 映画として、 映像上の話とするこの作品の場合には、 一体、何をどういう風に魅せて楽しませてくれるのか? っていう、それ自体も楽しみでは、ある。 …どれほど、満足させてくれるモノかは、全く分からないけど… 今の自分には、 1994年当時の自分には全くなかった、この映画への何かしらの、 関心というか視る動機があるから、 視て、何かしら、感じるモノがあったり楽しめれば… ってことで、 実際に視てみて… …途中までは高岡早紀の乳房以外は見所がないのか、 みたいな感じだったり、クライマックスの討入りのところとか、 ちょっと、えー?! みたいな部分も、ないではなかったけど、 でも、ちょっと、最後の田村高廣さんのところから、 その後の引き上げの辺りは、ウルウルってなって、一粒二粒涙が出た、 そういう感じる部分もあったから… 意外と、よかったかな… …っていうのが、視ての率直な感想、かな…。 …分かる人が視て、そこは、どうなんだろうね? …序盤とか視てて、 (「東海道四谷怪談」とは違って) 民谷伊右衛門が比較的いい人に描かれてんだけど… と思って視てたら、 中盤以降は、オリジナルの話と同等の流れが入って来て… でも、終盤、また、 この映画独自の伊右衛門像が描かれてて… 悲しい運命を辿った男ではあるけど、 完全な悪役ではない、っていう主人公としての描かれ方、だったね…。 宅悦は按摩じゃなくて岡場所か何かの客引きって設定。 …で、 お岩は、武家の娘で伊右衛門の妻、というオリジナル設定とは違い、 湯屋の女郎か湯女って感じの設定。 伊藤喜兵衛の孫・梅って…最初登場した時、顔白塗りしてるし、何か、 吉原か何かの女郎か花魁かと一瞬思ったんだけど、 アレ、お頭の多少いかれた感じのお姫様、って設定なんだね…。 お姫様の一行には、最初、見えなかったよ… 何か、変な女だったから尚更。 でも、踊りの場面は、中々よかった… ソコは、独特キャラとしてではない唯一のマトモな見せ場、って感じ? …ま、それと、 可哀想なキャラでもあるから…多少、ウルウルってなる場面もあった…。 「東海道四谷怪談」は、江戸時代の芝居だから、 (徳川幕府に関わる)実名禁止の時代だから、赤穂浪士に相当する人物とかは全部、 実在人物を想起させる仮(又は別時代の別人)の名前のキャラが登場し、 時代も江戸時代を舞台にすることは禁止だから、別の時代の話として描かれた物語だけど、 この映画では、実際の赤穂浪士の名前で登場している。 当然、時代も江戸時代で…。 やっぱ、 元の芝居とかに馴染んでると、 実在の(江戸時代の)赤穂浪士の実名キャラと、 民谷伊右衛門や伊藤喜兵衛や梅やお岩、宅悦と言った「東海道四谷怪談」の架空キャラとが、 混在してるから、 若干の違和感を感じたりも、しなくもない…。 …前半の赤穂浪士絡みの部分は、 実際にあった事実部分と、創作部分とが、上手く織り交ぜられている、 とは思う…。 例えば、 矢頭右衛門七教兼の父親が狂犬に襲われて死ぬエピソードとかは、 当時の時代性を上手く取り入れた創作部分だなぁ、って気は一応、する… (…史実的には父親の長助は大坂で病死、 右衛門七もその時点では大坂にいて、まだ江戸には入っていなかったんだろうけど…) …まぁ、その他も、色々…。 …生活費を稼ぐ為に琵琶を弾いたり、っていうアレ… 門付け…「かどづけ」…門付芸、門付芸人、 って言葉が、あるんだね…。 …中盤頃のお岩が身篭ったから云々、 っていうところからの一連の場面は…率直に… そんな簡単に軽々しく、討入りの話をお岩にするわけないじゃん… みたいな…他の浪士達の内輪話も、お岩の前で、するわけないじゃん…とか、 率直に思うけどね…。 多少時間は開いてるってことなんだろうけど、 伊右衛門… 伊藤家の屋敷にいたのに、長屋の外で覗いてるのは、ちょっと違和感を感じるよね… と思ってたら、そこは、流石に、 辻褄が合うように、調整してあるんだね…ま、それは、当然だけど…。 …悪役の顔が白塗り、みたいな演出が… 微妙っていうか、歌舞伎的観点からすれば、何で白なの?悪役なのに… っていう部分もあるけど、 その、善悪の区別の線引きの問題もあるだろうけど、 悪人キャラ全員が白塗り、にはなってなかったと思うから…中途半端に感じたり… この映画の流れからすれば、 清水一学だって悪役で白塗り、すべきキャラだと思うけど、そうじゃなかったし。 悪役で道化的、っていうキャラが白塗り、だったのかな… でも、それなら、中盤とかでの伊右衛門を白塗りにするのは、違うと思うし…。 大体、それなら、宅悦は白塗りキャラのはずでしょ…。 何某かの効果はあったかも知れないけど、 やっぱ、微妙な演出だったよね、そこは…。 …あの、浪士達の決起の集会っていうか、 集まった場所で、2人(その内1人は息子の主悦、かな…)が、 (仇討ち成就を祈願しての意味合いだろうね…) 曾我兄弟の舞踊劇風の座興を披露する場面があるけど… アレ、本物っぽかったんだけど… …特に兄の曾我十郎のほうをやってた人が…誰だったのかな? ってのが、ちょっと気になった…エンディング・クレジットのキャストの名前とか、 流れるのジッと視てたけど、結局、よく分からず… 特に歌舞伎役者っぽい名前は、入ってなかった気がしたし…謎。 (…でも、考えたら松竹作品で、こんな題材の作品で、 歌舞伎役者が誰も出てないってのも、逆に違和感がある、と言えばある、よね… まぁ、別に、いいんだけど…) …そうそう…最後まで視て… 佐藤浩市…当時も今も、あんまり、大差ない、って感じだったね…。 …ま、そんなこんなで… 「東海道四谷怪談」 や「仮名手本忠臣蔵」や「元禄忠臣蔵」の舞台を、 観て知っていたりすれば、 ここをこうしたのか!とか、 コレは舞台では出来ない映画ならではの演出やストーリー展開だな、 って思える部分も、 終盤あったりもするから…で、何よりも、 少し、ウルウルって感じられて涙が出た部分… 吉良の最後の心境… そして、討入り後、遂に吉良も捕獲した浪士達の中にある… 達成感もあるだろうけど、相反する悲しみの感情も同時にあるような… そういう部分とか、 伊右衛門とお岩、の内に秘めた部分もそうだし… それが感じられたことで初めて、 自分にとっては、この映画が観る価値のあるものだった… と言えるモノになったので、 それが何より、よかった部分、で、結果として、 そこそこ楽しめる娯楽作品だったな、 …ってことで、 自分の中の評価では78点。 ここの10点刻みの採点では80点としておきます。 返信を投稿•

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時代劇ホラー映画『忠臣蔵外伝 四谷怪談』

忠臣蔵 外伝 四谷 怪談

元禄14年、江戸城松の廊下で吉良上野介に刃傷を起こした赤穂藩藩主・浅野内匠頭は切腹、赤穂藩は取り潰しとなった。 2カ月前に召し抱えられたばかりの民谷伊右衛門はこれがきっかけで再び浪人の身となった。 ある日、伊右衛門はひょんな事から湯女宿の湯女であるお岩と知り合い、同居生活を始めることになった。 最初は仲睦まじく暮らしていた2人だったが、伊右衛門は吉良家家臣・伊藤喜兵衛の孫娘・お梅に気に入られ、婿入り話がその父親から持ちかけられると、身重のお岩の存在を次第に疎ましく思うようになる。 また、主君の仇討ちに一番乗り気だった同僚の高田郡兵衛が脱盟したため、伊右衛門自身の忠誠心も薄れていき、遂に伊右衛門は仇討ちをやめて婿入りし、お岩を手に亡き者にしようと企てる。 しかし、その結末に待っていたものとは…。 ウィキペディアより 突飛かつ強引な設定や、佐藤浩市とか高岡早紀がやや苦手だったので、なんら期待せずにBSの録り溜めから鑑賞。 ストーリーは荒唐無稽に違いないが、時代劇にありがちなTVシリーズ紛いのいい加減な作り方はされてなくて、真面目な映画作りの心情だけは伝わった。 もちろん役者も脇役の1名を除いてそれぞれに魅せてくれたが、この映画の白眉は荻野目慶子だ。 その他のシーンは印象にないが、慶子の狂気はほぼ詰まりかけた私の脳に深く焼きついた。 寡聞にして荻野目慶子の最近の活躍を知らないが、このまま埋もれていただくのは勿体ない。 映画制作サイドの方々、陰のある熟女、狂気の熟女役でこの人を使われんことを。 怪しい蟹江敬三、怪しい渡辺えり子、怪しい石橋蓮司、ああ、みんな白すぎる……。 そして存在自体がすでに怪し気な荻野目慶子のもののけ憑依ぶりと、火野正平先輩と六平直政のわるーいヤツっぽさを堪能し、ついでにちょっと若き日の佐藤浩市の男っぷりに感心し、結局は早紀様のおっぱいに驚嘆する、そういう映画です。 しかし、個人的には佐藤浩市氏に関して、この頃がグンと役者としての格みたいなものが備わってきた時期だったと思っています。 私の中では佳作ですが、あくまでB級ホラーのノリで鑑賞した方が失敗しないかと。 ずーっと思いだせなかったのですが 「真田広之が浅野内匠頭をやった映画かドラマって何だっけ?」 「えー、真田さんはやってそうで意外にやってないよ。 上川隆也と勘違いしてない?」 「そんなことない。 絶対ある。 観たもん」 「えー、じゃあ東山と間違えてるんだよ」 という、ずーーーっと否定されてきた疑問が、今回調べなおして解決しスッキリしたっす。 私の中の浅野内匠頭ベスト1は真田広之なのだ。 うーん、美しい。 それも確認出来る作品でございます。 有名どころの作品を二個一にしているところが 見る人によっては魅力半減となったり 逆に相乗効果で面白さが倍増したり 評価の別れどころでもあるように思います。 前者は中途半端と映るだろうし、後者は意外性による娯楽性を楽しめることでしょう。 深作監督が撮ると かくもエンターテイメントな映画になるのですね。 お岩の健気さが後の悲哀を お梅の無邪気さが後の狂気を そして何より伊右衛門の狡さが引き起こす愛憎と悲劇。 終盤の特殊効果のやり過ぎ感が強いのは残念ですが それまでのドラマ部分は悲喜交々 それぞれの思惑が交錯して 結末へ向かって佳境を迎えます。 私が注目したのは 佐藤浩市さんのふてぶてしさ、高岡早紀さんの肢体、そしてなんと言っても荻野目慶子さんのぶっ飛び演技! 余談ですが・・・後年 深作監督との関係を暴露しちゃった荻野目さんは同監督作「いつかギラギラする日」でもぶっ飛び演技を披露してらっしゃいます。 こちらもエネルギッシュな作品ですので宜しければどうぞ。

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高岡早紀“完脱ぎ”映画『忠臣蔵外伝 四谷怪談』~試写室がドヨめいた伝説の美爆乳! (2020年2月25日)

忠臣蔵 外伝 四谷 怪談

高岡早紀はあやしい女優だ。 童女のようにあどけなく、成熟した色香をにじませるたたずまいはしどけない。 時代劇でも見せる数多くの演技では、怪美で妖艶な存在感を立ち上らせている。 そんな彼女の奥深い魅力をたっぷり堪能できる時代劇映画が、深作欣二監督の『忠臣蔵外伝四谷怪談』(1994年公開)である。 C 1994 松竹株式会社 今回はあやしき女優・高岡早紀が22歳の時に演じたあやかし、お岩の魅力を語っていきたい。 深作欣二と古田求が描いた異色の四谷怪談 まず、お岩とは何者か。 『四谷怪談』を知らない人でも、幽霊となった彼女のただれ崩れた半面くらいは、ピンとくる人も多いのではないだろうか(わからなくても、検索ですぐ調べられるので、詳しく書かない)。 忠臣蔵の裏の物語という体裁をとった『四谷怪談』は、江戸時代後期の退廃と猥雑、ケレン味やグロテスク趣味、武家社会へのアイロニーなどの毒がふんだんに取り入れられている。 そうしたオリジナルの毒はそのまま受け継ぎ、深作監督お得意のアクションやエロスなど現代的な要素が加えたのが本作である。 本作は、スリリングな展開、高い文芸性、独自の歴史観、ハードなロマンティシズムを兼ね備えた物語と、出演俳優たちの演技が高く評価され、日本アカデミー賞で最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀脚本賞などの各賞を総なめした。 (ちなみに、脚本は『鬼平犯科帳』『御家人斬九郎』『阿部一族』など多くの時代劇脚本を手がけた名匠・古田求が担当している) エロいを超えてエロ美しいお岩 さて、そんな本作のお岩が、オリジナルや他の『四谷怪談』作品と最も違う点は、彼女自身の設定である。 本作のお岩 以下、お岩 は、それまでの作品では堅物の武家娘という設定だったのが、なんと、隠れ湯女(現代で言うならソープ嬢?)となっている。 それも世間知らずで字も読めない、天真爛漫で心の優しい娘というふうに、お岩の性格設定も従来から大胆に変更されているのだ。 武家のストイックさや格式から解放された本作のお岩は、若木のように弾けるような生命力と、みずみずしい色香を発散する。 その抜群のプロポーションも、薄い浴衣の上からでもわかる官能的な曲線を描いており、老若男女の観客をクラクラさせるのだ。 お岩が匂わせる妖艶な色香は、彼女が素人女ではないことを暗に示している。 だが、運命の男・民谷伊右衛門(佐藤浩市)と出会ったとき、彼女が見せる屈託のない笑顔は、その色香とアンバランスなほどあどけない。 そんな謎めいたエロスに満ちたお岩に、観客は伊右衛門同様、彼女は何者かと関心を持たずにいられない。 このお岩の無垢と妖艶さのギャップこそが、今も健在である高岡早紀という女優の真骨頂である。 お岩は(設定上の必要もあり)本編中の随所で何度も、惜しげもなくその美しい裸身をさらす。 乳房を見せる入浴シーンや、雨の中で演じる伊右衛門とのラブシーンは凄艶の一言である。 エロ美しいという言葉は、この映画の高岡早紀のためにあるといっても過言ではない(過言だ)。 そんな体当たりの演技も評価されて、高岡早紀はこのお岩役で、前述の日本アカデミー賞では最優秀主演女優賞と新人俳優賞をダブル受賞し、キネマ旬報賞、報知映画賞、ブルーリボン新人賞など、めぼしい賞はほぼ総なめで獲得している。 個人的には、作品の価値を賞などの権威で語るべきではないとは思っている。 が、本作のお岩は女優・高岡早紀にとっても、その後のキャリアにおけるひとつの原点といえることは説明できると思う。 高岡早紀にとって、この映画の妖艶なお岩は究極のはまり役であり、同種の色香を持つ彼女にとっても運命の女だったのではないだろうか? 文芸の香り漂うアクション時代劇映画 『忠臣蔵外伝四谷怪談』のお岩は、単にエロ美しいだけのヒロインではない。 従来の『四谷怪談』でのお岩は、夫・伊右衛門の裏切りから命を落とし、伊右衛門への恨みと未練から幽霊となり、復讐を果たしていく。 が、本作のお岩の役割は、幽霊となりながらも「主人公・民谷伊右衛門の迷える魂の救済」をすることである。 はっきり言おう。 高岡早紀が演じるこの映画のお岩の本質は「愛」だ。 本作は深作欣二監督テイストの娯楽映画である。 中身にはエロもアクションもホラーもスプラッタもある。 渡辺えりこや荻野目慶子の演じる悪役はめちゃくちゃ怖いし生首も飛ぶ。 が、それらエログロはあくまでサービス要素の一つであって、この作品の本質ではない。 この映画のプロットは「孤独で愛を知らぬ男の魂が苦悩し、葛藤し、堕落し、彷徨した果てに、女の捨て身の愛によって救済される」だ。 あのドイツの文豪・ゲーテの代表作『ファウスト』ばりの文学性を持つ、文芸アクションホラー映画なのである。 この映画が『魔界転生』など、他の深作欣二監督のアクション時代劇の作風を継承しつつ、それまでと違った文芸路線を指向していることは、音楽や演出でもわかる。 本作は、宣伝ポスターの絵にはクリムトの『接吻』、オープニング曲は『カルミナ・ブラーナ』の『おお、運命よ』、劇中ではマーラーの曲が絶妙なタイミングで流れるなど、ゲルマン系芸術を取り入れているのだ。 江戸文学を基にした時代劇と、ゲルマン系芸術。 このインパクト強烈な組み合わせが、虚実一体の本作に、絢爛豪華なオペラのような雰囲気を与えている。 主人公の浪人・民谷伊右衛門も、ある意味で文芸作品の主人公にふさわしい。 伊右衛門は過去のトラウマから、何事も斜に構えて見ており、投げやりで、中途半端で、そのくせ野心だけは強い。 不幸な運命に流され、ニヒルに生きる、デスペレート男の典型である。 同時に伊右衛門は、天涯孤独の境遇で、愛し愛されることを知らない虚無の人だ。 彼は、仲間である赤穂藩士たちの仇討ちにも、お岩の献身的な愛にも、戸惑うばかりで、自己中心的な反応をとるしか知らない。 伊右衛門は、彼を慕うお岩にも(自分からお岩の店を訪ねていき、ほぼ無理矢理に彼女を抱いているにも関わらず)ぞんざいな態度で接する。 お岩から妊娠したと聞かされれば、「なんで俺の子供かわかるんだよ」と開き直り、仇討ちをやめて彼女と家庭を持つと決めた後も「この女とのつましい暮らしに何がある」と勝手なモノローグを展開する モノローグは講談社から出ている古田求の同作ノベライズ版による。 そんな不器用な伊右衛門の後を、天真爛漫、一生懸命についていくお岩はいじらしい。 お岩は、愛する伊右衛門の孤独と悲しみを理解し、苦悩も葛藤も欠落も共有しようとする。 伊右衛門が不幸な運命によってどこまでも堕ちていくのなら、彼の罪を自分も背負い、地獄の底までついていくのである。 それは迷える衆生を救う菩薩のような慈愛だ。 男に死後の世界まで恋着する魔道でもある。 お岩は、恋する乙女、妖艶な娼婦、怨霊、そして菩薩など、複雑な内面を持ち、女性が持つさまざまな顔の集合体、女の業そのものといっていい。 演じる高岡早紀も、非常に高度な演技力を必要としたと思われる。 だからこそ、公開から20年以上経った今も、人間のさまざまな顔を描いた本作と、あらゆる女の業を具現したヒロインのお岩は、今も色あせない輝きを放っている。 本作の「お岩さん」が美しい理由 本編の中盤以降、伊右衛門はお岩を捨て、彼に横恋慕する伊藤家の令嬢・お梅 荻野目慶子 と祝言を挙げる。 そしてお岩は、伊藤家の策略によって飲んでしまった毒により、見るも無惨に崩れた容貌となり殺される(このあたりのくだりは南北のオリジナルや他作品の『四谷怪談』と共通している)。 顔の崩れたお岩は、伊藤家に体も心も傷つけられたことへの悲しみ、怒り、憎しみを、絶叫という、最もプリミティブな方法で表現する。 獣のような叫びをあげる高岡早紀の顔はすさまじい。 だが、顔が崩れても、本作のお岩は美しい。 下世話な世界観でも、悲惨な展開でも、文芸映画のヒロインの顔は美しくあるべきといわんばかりに、彼女は美しい。 なぜか。 お岩のただれた顔は、愛する夫・伊右衛門の罪の象徴だからだ。 本人の意思に関係なく、関わる者たちにことごとく死と不幸を招いてきた伊右衛門の悪業。 愛する男を破滅に導くそれを、お岩は自らの美しかった顔にまさに受けたのだ。 それはお岩にとって、いわばキリストの聖痕のようなものだ。 だから、本作のお岩の幽霊は、伊藤家の人々に復讐をしても、伊右衛門の前ではただ泣くだけだ。 両目から流す血の涙も、恨みではなく、伊右衛門への哀れみと悲しみ、恋しさからである。 本作の伊右衛門もまた、お岩を恐れない。 自分の因果の犠牲となって死んだ彼女を哀れんでさえいる。 金づるの伊藤家もお岩の幽霊に殺され、仇討ちの仲間から見放された伊右衛門が思うのは、彼女と暮らしたつかのまの日々である。 だから彼は、お岩の幽霊が、自分だけをとり殺さない理由がわからず苦悩する。 生きるのに疲れ果てた伊右衛門は、死にたいとばかりに自暴自棄になり始める。 そして、元赤穂藩の筆頭家老・大石内蔵助から「憐れみ」という残酷な仕打ちを受けて、身も心も傷つく。 彷徨の果てに、伊右衛門は、吉良邸でもし赤穂藩の仲間たちが吉良を討ち、無事に本懐を遂げたことを見届けた後、雪の中で息絶える。 現世との縁が切れた伊右衛門は、同時に武士の業や恩讐や妄執からも解放される。 そんな伊右衛門の魂を黙って見守ってきたお岩。 雪の中で二人きりになったとき、伊右衛門の側に立つお岩の顔が大写しになる(ここは本編でぜひ確かめて欲しい)。 お岩の顔を息をのんでまじまじと見た伊右衛門は、万感を込めて言う。 「お岩。 おまえの顔、今までで一番きれいだ」 と。 私はこの映画のお岩が、最も美しいお岩さんの幽霊だと思う。 ここまでの凄絶さをもって純愛を貫いたお岩を、私は他の『四谷怪談』作品では知らない。 われわれが、この運命の女・お岩を観ることができたのは、深作監督や古田求の脚本に加え、高岡早紀という天才的な存在感と演技力を持つ女優あればこそだと思う。 と、長々と『忠臣蔵外伝四谷怪談』のお岩にスポットをあてて、高岡早紀の魅力を解説をしてきた。 聖と俗、善と悪、魔性と神性、憎しみと愛、相反する多面性は、本作のお岩だけが持つ魅力であり、女優・高岡早紀の持ち味そのままとなっている。 そのあやしい美しさは時の流れに色あせることがない(結婚、出産を経てあの美しさは掛け値なしに凄いと思う)。 高岡早紀は、これからいくつ歳を重ねても、そのときに合った美しさを身につけて、いろいろな女性を演じていくのだろう。 その変幻自在の美しさを、私はこれからも、できるだけ長く見ていたいと思っている。 文:烏丸 桂(カラスマ ケイ).

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