ワタミ。 ワタミ、休業店舗の従業員をスーパーに臨時出向 :日本経済新聞

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創業者の渡邉美樹とは? 神奈川県横浜市出身のワタミの創業者であり、現自由民主党所属の参議院議員である。 小さいころから経営者を目指し、中学時代はキリスト教の伝道活動に従事し、卒業を機にキリスト教と決別した。 いまでも時折、聖書をめくり、会社を創業する際の理念となっているという。 明治大学商学部に進学し、在学中は大規模なイベントを多数企画し実施している。 大学卒業後、起業資金の300万円を1年間で稼ぎ、1984年に有限会社渡美商事を設立。 経営不振のつぼ八の店舗を買い取る形でフランチャイズ店のオーナーになる。 そして、1987年に社名をワタミフードサービスとし、1998年に株式上場を果たす。 40億円の赤字学校を再建したとして、敏腕経営者とも知られているが、『教育』という観念を持たず、採算が取れるかどうかだけで、物事を判断していたという。 渡邉美樹の素顔 2009年9月に自身が理事長を勤める学校法人郁文館夢学園に2005年4月から2009年3月まで教師として勤務していた男性が、中傷を受け不当に解雇されたとし、訴訟を起こした。 この男性によると、渡邉美樹理事長によるパワーハラスメントが校内で日常的に行われており、渡邉美樹理事長は男性教師の髪型が気に入らないとし、ハサミで教師の髪を自ら断髪式と言い、切ったとしている。 この件は当時の校長が調査し、事実と認めている。 また、ワタミグループが介護事業で、複数の死亡事故を発生させ、遺族とトラブルになっている。 その際に遺族とワタミ本社で話し合ったところ、渡邉美樹氏は、「1億円ほしいのか」と言い放ったという。 男性の遺族はこのことに対し、「渡邉さんのあの一言は精神的に大きなダメージになり、今でも忘れることができません」と話している。 ブラックすぎますね・・・。 「『無理』というのはですね、嘘吐きの言葉なんです。 途中で止めてしまうから無理になるんですよ」 ワタミを叩くのは、経営者時代も、自民党でも、常に正論しか言わない僕に嫉妬してるから 異常になることでしか、非凡な人にはなれない。 目標達成の予定日は、自分のリソースを120%使ってギリギリ到達できる時点に設定します。 今日を精一杯生きた場合を100%として、さらに20%の無理をして、到達できる最短の日を締め切りにするわけです。 神様は不公平ではない。 金持ち貧乏、頭が良い悪い、性格が良い悪い、足が長い短い、そんなことは人間の価値基準ではないのだ。 そんなことを神様は何とも思っていない。 「円高で工場が大変なら、2割位のサービス残業をしなさいよ!」 「ワタミには「365日24時間、死ぬまで働け」という言葉がある。 」 「ビルの8階とか9階から、『今すぐここから飛び降りろ!』と平気でよく言う 」 「自分の店で苦しんでいる人がいるのに他の会社に転職しようとする人は、 他人によく思われたいだけの偽善者である」 「お金のために仕事をする。 冗談じゃない。 利益を求めず、ただお客様のありがとうを求めてます」 「バングラデシュで学校を作ることは、亡くなった彼女も期待してくれていると信じている」 今でも私はワタミの社員に問いかけることがあります。 もしお金がたくさんあって、 働かなくてもよい環境だったら、タダで私の会社で働いてくれますかと。 そういう社員が何人いるかで、その組織の強さが決まると思います。 「ニートは憲法違反。 労働というのは国民に与えられた義務ですから。 」 ワタミ社長「『無理』というのはですね、嘘吐きの言葉なんです。 途中で止めてしまうから無理になるんですよ」 村上龍「?」 ワタミ「途中で止めるから無理になるんです。 鼻血を出そうがブッ倒れようが、とにかく一週間全力でやらせる」 村上「一週間」 ワタミ「そうすればその人はもう無理とは口が裂けても言えないでしょう」 村上「…んん??」 ワタミ「無理じゃなかったって事です。 実際に一週間もやったのだから。 『無理』という言葉は嘘だった」 村上「いや、一週間やったんじゃなくやらせたって事でしょ。 鼻血が出ても倒れても」 ワタミ「しかし現実としてやったのですから無理じゃなかった。 その後はもう『無理』なんて言葉は言わせません」 村上「それこそ僕には無理だなあ」 テレビ東京の番組『日経スペシャル カンブリア宮殿』より 発言そのものがブラックですね。 自覚しているのでしょうか。 ワタミのブラックアルバイト ワタミの宅食のバイト。 一見普通に見えるが、研修中は無給となっている。 それだけではなく、食べ物を30件配達し、それを二十日間で、給与は9万円。 しかも車は持ち込みなので維持費も込み。 つまり、ガソリン代、通信費などを自腹で払えば手元に残るのは1万~2万円となるらしい。 配達・営業・回収・集金すべてを行い、車・ガソリン・保険すべて負担し、一日一軒あたり100円の収入にしかならない。 これぞブラックアルバイトです。 訴訟が当たり前のワタミ ワタミの宅食で、弁当にイモ虫などの異物混入が相次いでいることが判明した。 イモ虫は体長36mmでカブラヤガの幼虫と鑑定されたそうです。 気持ち悪いですね。 これが弁当に入ってるとなると発狂ものです。 これを製造した工場では、異物混入が相次いでおり、人の毛やビニールなどが頻繁に見つかり、毎月百件近いという。 また、賞味期限切れの弁当の誤配も複数発生し、問題となっている。 弁当宅配には、手渡しで弁当を宅配し、異変があれば身内に宅配員が連絡するサービスがあり、女性宅マンションで応答がないにも関わらず、宅配員は連絡をせず放置。 翌日、女性は死亡していたという。 この件でワタミ子会社を提訴している。 死亡者続出のワタミ この手紙は、女性従業員(当時26才)が過労自殺した際に書いていた文面である。 長時間の深夜労働や、残業が続いたことが原因であるとし、労働災害であると認定された。 1ヶ月の残業が約140時間、最長で7日間の深夜勤務を含む長時間労働に及んだほか、休日には午前7時からの早朝研修会やボランティア活動およびレポート執筆が課されたという。 そして、渡邉美樹氏は自身のTwitterで女性の自殺について触れ、「労災認定の件は非常に残念であるが、労務管理ができていなかったとの認識はない」との見解を示した。 また、そのツイートの5時間後には、自身が理事長を勤める学校を建設するためバングラデシュに行き、批判を受け、「多くの指摘に感謝する」と述べ、「バングラデシュで学校を作ることは、亡くなった彼女も期待してくれていると信じている」などと発言した。 さらに、研修や勉強会は参加を強制していたものではない、大変な業務というのは想像にすぎないと述べている。 これほどのことが起きているのに遺族と面会すらしていないという。 なんというブラック・・・。 まとめ 相次ぐ死亡事故や訴訟、そしてブラック企業として認知され、新入社員数は目標の半分だという。 上場している企業としては異例。 この事実を知れば誰もが納得するだろう。 さすが2012、2013年のブラック企業大賞を受賞しただけある。

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ワタミ、渡邉氏復帰で「鼻血出すまで働け」経営復活か…過去に過労自殺社員の遺族へ謝罪拒否

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ワタミは、不採算店の整理で「脱・総合居酒屋」を目指す Photo by Koyo Yamamoto 新型コロナウイルスの影響で窮地に陥っている居酒屋業界。 居酒屋チェーン大手のワタミが、全店舗の2割弱にあたる60~80店舗を閉鎖する方針を固めたことがダイヤモンド編集部の取材で分かった。 コロナを契機に不採算店の整理に着手し、収益性を改善させ生き残りを目指す。 コロナショックで居酒屋の閉店ラッシュは今後も続きそうだ。 (ダイヤモンド編集部 山本興陽) 居酒屋チェーン大手のワタミが、国内で展開する全491店の2割弱にあたる60~80店舗を閉鎖する方針を固めたことがダイヤモンド編集部の取材で分かった。 ワタミの4月の既存店売上高は前年同月比7. 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、外食業界の中でも居酒屋業態は苦戦が続いている。 不採算店の整理を進めることで収益性を改善させ、生き残りを図る。 ワタミは4月13日から、国内で直営する全国約400店で臨時休業していた。 緊急事態宣言の解除に伴い徐々に営業を再開させ、6月1日からは全体の約8割の店舗で営業再開する計画だ。 そして、営業再開しない店舗は閉店作業を前提に進めていくといい、「ミライザカ」や「和民」といった総合居酒屋業態の店舗が中心になる見通しだという。

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ワタミを辞めた理由とワタミのブラックな労働環境について

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そもそも何でワタミに入社したの? ワタミには2009年に新卒の正社員として入社し、4年ほど勤めました。 なぜワタミに入ったかというと「自分の店を持ちたい」という気持ちがありました。 こんな話をすると「そうか、ナインって奴は目標があってワタミに入ったのか」と思われる方もいるかと思います。 でも、そんなんじゃないんです。 何となく「自分の店を持つってカッコいい」などという学生気分の憧れからでした。 今思えば、目標なんていうレベルではありませんでした。 だから「こういうことが好き」「この仕事で一生やっていきたい」というものがある人が羨ましいとも感じていました。 僕には何もなかったから。 何もなかったからこそ「面接に行って内定をもらったワタミに何となく入社した」というのが正直なところです。 世間的には「ブラック企業=ワタミ」というくらい悪いイメージが定着していますが、当時はそこまで批判も強くはありませんでした。 それに「ブラック企業」なんていう言葉もなかったですからね。 何でワタミを辞めたのか? 1、プライベートも充実させたい。 特に2つ目なんか、もう早く辞めちゃえよってな理由ですよね。 4年やった上で、仕事を好きになれなきゃもう無理だろって。 僕には、向いていなかったんですね。 ていうか、よくそんなんで四年も持ったなって。 過去の自分をホメたいくらいです。 ワタミを詳しく話す前に、知っておいてほしいこと キャリコネさんでも詳しく書かせてもらってますが、ワタミの労働環境について、お話しします。 最初に断っておくと、2012年あたりから、ワタミに対するブラック企業批判が強まり、現在は改善が進んでいるそうです。 (僕の在籍期間は2009年~2013年の4年間) 僕は今、ワタミにいないので、どこまで良くなったのかはわかりません。 ただ僕が思うに、おそらく当時のワタミと比べると良くなった程度で、他の企業から見ると、まだまだ厳しい環境では? と思っています。 ワタミは、1984年に産声をあげ、今では東証一部上場企業。 今までのブラックな労働環境で、曲がりなりにも大きくなってきた会社です。 一定の成功を収めているからこそ、環境を変えるのは勇気がいるでしょうし、簡単ではないと思います。 前置きはこのくらいにして、私の経験してきたワタミの労働環境を話していきたいと思います。 ワタミの労働環境って実際どうなの? ワタミの外食、居酒屋勤務になると、店の営業時間は、16時~翌3時、金土祝前日は5時。 365日、店の定休日はありません。 もちろん、毎日ずっと店にいるわけではありませんが、店長以上の役職になると週休二日など夢のまた夢。 さらにワタミでは、店での仕事に加えて、研修、課題レポート提出、 会議、ボランティア活動など様々な仕事が課せられます。 ただ居酒屋で働いていればいい、ということではないのですね。 そして、ワタミでいう労働時間とは、あくまでも「店で仕事をしている時間」という扱いです。 何が言いたいかというと、先ほど話した研修などといった社員の行事は、労働時間に含まれていないタダ働きです。 今は、周囲からのブラック批判のあおりを受け、研修時間も労働時間として賃金も支払っているそうですが、私がいた当時は、そんな世間の常識は通用しませんでした。 研修は、店のシフトがない日に行われることも常態化していました。 店では休み扱いで、実際には研修をしているのです。 これでは、休みが休みにならないですよね。 店にはいないけど、ワタミから指示を受け、研修やら何やら、やらされるわけです。 結局は、仕事上の招集を受け、給料にならない労働をしているのですから。 僕が聞いた噂では「半年間で休日ゼロなんでしょ?」なんてことを聞いたことがあります。 もちろん、そんなことはありません。 サービス業ですから、休みがとりにくいのは事実です。 繁忙期は2週間に1日休みなんてありましたが、店長以下の一般職は週休二日はありましたね。 早朝研修・理念研修の時間帯は異常 ワタミの研修には、大きく分けて早朝研修と理念研修があります。 早朝研修は、その名の通り、朝の7時から9時まで行われ、月一回必ずある社員研修です。 理念研修は、3か月周期で年に合計4回、時間は朝の9時~12時まで、これも社員向けに行われます。 この朝の時間帯ですが、一般の会社員であれば、特に問題視されないでしょうが、居酒屋に勤めている社員にとっては、異常な時間帯なんです。 理念研修がある場合のスケジュールを例として挙げます。 私たちの仕事が終わるのは、明け方の4時か5時。 そこから朝9時~12時まで理念研修、さらにそれが終わってから、店の営業が16時からあるのです。 理念研修があるときは、ご飯を食べる時間も、寝る時間もなかなかとれないスケジュールになります。 ちなみに「明日は理念研修だから、店での仕事は休み」などというワタミ側からの配慮は決してありません。 店は365日営業しているので、休みたければシフトの穴を埋めれば、という条件付きになります。 実際には店次第になるので、それが出来る店もあれば、出来ない店もあります。 さらに、レポート提出やメニュー変更の準備など、店の営業時間の前後にやることもあり、労働時間に入っていない労働をよくやっていました。 1日17. 18時間労働もザラですからね。 でも、これを普通としているのが、ワタミという会社です。 異議を唱える社員などいません。 いたとしても、それは辞める社員です。 会社の決定なので、従えないならやめるしかありません。 たまの休みは寝て終わり 今では和解しましたが、ワタミで過労自殺をした女性社員の裁判でも、このような異常な労働が指摘されていました。 一事が万事、こんな状態なので、ワークライフバランスなんてあったもんじゃないです。 たまの休日も、朝の5,6時に帰宅し、そこから風呂や食事をとり、8時ごろ眠スケジュールです。 起きるのが、夕方の17時くらいになり、外を見ると、徐々に暗くなってくる時間帯です。 そこから何かしようにも「なんかもういいや」って気になります。 結局、寝て過ごして終わり。 こんな生活が続いていました。 今思えば、よく四年も続けたなあと思いますね。 ワタミなんて、すぐにやめたかったけど… そう、ワタミなんて、すぐに辞めたかった…。 辞めたかったんですけどね。 新卒で入社して、半年か一年くらいでやめると、こう言われるじゃないですか。 「最近の若いモンは根性がない」 「ちょっとキツイとすぐやめる」 こんな風に「やめた奴が悪い」っていう感じにさ。 少なくとも、転職の面接なんかはマイナスになれど、プラスになんかなりませんよね。 仕方なく当時の僕は「入社したら三年は勤めろ」という謎の迷信を信じることに。 このとき、僕のワタミでの目標は変わりました。 最初は「自分の店を持ちたい」でしたが、入社後は「早く3年過ぎてワタミを辞めること」でした。 意識高い系の目標から、一気に意識低い系ダメ社員の目標に転落しましたね。 で、転職するなら、もう絶対に失敗したくない。 コレ、めちゃくちゃ強く思いました。 転職先もブラック企業だったら絶対イヤだ! ワタミをやめようと思ったはいいですが、一つ気が付いたことがありました。 それは、 必要以上にブラック企業を恐れていること、でした。 だって、そうでしょ。 朝5時過ぎまで働いて、9時から12時まで研修で、16時から店で働くんですから。 こんな環境じゃ、転職するのも怖くなったんです。 その後の僕は、本当に慎重に転職先を決めることになりました。 転職活動に約1年かかりましたから。 転職エージェントにも相談しまくりました。 その時の様子はこちらに書いてます。 やっと辞められたぜ!ワタミ! 僕はなんだかんだで、ワタミに4年勤めました。 3年で辞めなかった残りの1年は、惰性みたいなもんです。 タバコでいうシケモクです。 お茶の出がらしです。 ぞうきんのしぼり汁です。 働いている頃は、辛さが80%、ちょっとの楽しさが20%くらい。 退職が決まったときは「やっと辞めれたよ!」という開放感しかありませんでした。 ですが「ワタミ」というブラック企業に勤めたということが、今後の人生に思わぬ形で役立とうとは思ってもみませんでした。 それは追々、書いていくことにします。 では、今回はこの辺で。

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